【挿話】セレスティーノ、幸せと不幸について考える
準備したプレゼントは、どうにか受け取ってもらえた。途中断られかけたりしたが、あれは成功といっていいはずだ。
しかもルチアに手を握ってもらえた! なんていう幸運なんだろうか。頑張ってよかった。
そして旅に出るにあたってお守りとして彼女の持ち物を借りようとしたところ、これもまた成功した。
ルチアが髪を結んでいたリボン。濃い菫色のそれは、陽の光に透けたときの彼女の瞳の色だ。
これを懐に入れていると、なんだかルチア自身を連れて歩いているような気持ちになるのが不思議だ。そうか、あいつらはこんな気持ちになりたくて妻や恋人の持ち物を持ち歩いてたんだな。なんだか妙に納得する。
そうそう、リボンといえば、髪をほどいてなびかせているルチアも可愛かった。
彼女は普段仕事の邪魔にならないよう、髪の毛は背中でひとつにまとめているのだが、それをほどいたときにふわっと石鹸のいい匂いがしたのには参った。あれは危険だ。他の男の前でやられたらたまったものじゃない。無防備すぎる。いや、ほどかせたのは俺なんだが。
ああそうだ、髪をほどいたあと、プレゼントに結んだリボンを、渡したリボンの代わりに使ってもらえたんだった。
目につくよう計算したとはいえ、彼女が自発的にリボンを手にしたときは緊張した。だが、予想通りあのリボンはルチアによく似合って可愛かった。勇気を出してよかった。
どうしよう、幸せすぎて不安だ。このあと不幸が待っているかもしれない。
ルチアのくれた幸せを噛みしめつつ、俺はそんな風に思っていた。
--そして現在。その懸念は当たっていたことが判明した。
「もうイヤ! もう顔も見たくない! あんたたち、エドやセレスに近寄らないでよ!」
「そんな、聖女様、わたくしたちそんなつもりではなかったのです! ただ、殿下のお召替えと、セレスティーノ様のお洋服のほつれを直してさしあげようかと……」
「なによもう、人が黙ってりゃベタベタベタベタと! 目障りなの! この世界を救う対価として、あたしが気持ちよく過ごせるようにするって契約でしょ! むこうの世界を捨ててあんたたちを助けてあげるんだから、感謝の気持ちがあったらあたしを不快にさせることしないで!」
戦勝祈願の儀式を経て、天晶樹に向けて出発した俺たちだったが、浄化の旅は早々に破綻した。
原因は、今侍女相手に金切り声をあげている黒髪の少女と、畏れ多くも王太子殿下だった。
聖女様を溺愛なさっているというエドアルド殿下は、聖女様の癇癪を可愛いワガママとして受け入れられている。いや、受け入れすぎてその願いをすべて叶えようとなさるのだ。
今も、エドアルド殿下は団長をお呼びになり、何事かお話しされている。内容は十中八九侍女たちについてだろう。可哀想に、彼女たちには特に落ち度はない。
それにしても、殿下は気の強い女性が好みなんだろうか。正直、聖女様が侍女を叱責する様は、見ていて怖い。俺には聖女様のお相手は到底無理だ。
そんな聖女様を可愛く思える殿下は、相当器が大きいのであろう。さすがは王太子殿下である。俺には無理だ。
「セレス、ねぇもっとこっちに来て? あたしが縫ってあげる。こう見えて、結構お裁縫得意なんだよ?」
一通り侍女に当り散らした後、聖女様は俺の側へとやってきた。
潤んだ大きな瞳で上目遣いで見上げてくるその姿には、先ほどの恐ろしい剣幕はどこにも存在しない。庇護欲をそそるような、とても愛らしいものだった。
自分のどこが武器になるのかわかっていて見せている仕草に、つい腰が引けがちになる。
「いえ、聖女様はエドアルド殿下の婚約者でいらっしゃいます。俺なんかが近づいてよい方ではありません。ほつれも、特に俺は気にしませんので……」
「あら、まだ“婚約者候補”よ? この旅が成功しないとエドとは結ばれないの。でも……」
くい、と細い手で腕を引かれる。ルチアと違ってその指は、水仕事をしたことがないように滑らかだ。紅い唇が、くぅっと弓型に引かれる。
「王太子妃になる自信はないの。怖くて。だから、側で守ってくれるセレスの方が、あたしはいいんだけどな……?」
無邪気さと妖艶さがないまぜとなった表情を浮かべ、聖女様は俺だけに聞こえる音量で囁きかけてきた。
遠方で団長と話されているエドアルド殿下の視線が痛い。殿下、誤解です。俺には心に決めた人がいるんです。片想いだけど!
うん、やはり過ぎた幸せは不幸を呼んでくるようだ。今、ものすごくルチアが恋しい。