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ルチア、バイトをする

 カモラネージさんのお店は酒場でした。食堂と聞いていたんですが、お食事メインというよりお酒がメインのようです。お祭りだからでしょうか。


「すみません、お仕事を紹介されてきたんですが……」


 お店の中は、すでにいい気分になった男性客でいっぱいでした。奥のカウンターでエールを注いでいるいるひげもじゃの男性が、店主のカモラネージさんでしょうか。

 がやがやとにぎやかなまわりの音に消されて、どうもカモラネージさんにはわたしの声は届いていないようです。


「いらっしゃい! お一人様?」

「いえっ、わたし、お仕事を紹介されてきて……」


 ちょっと困っていると、給仕をしていた背の高い女性がわたしに気づいて声をかけてくれました。見たところ、わたしより五つくらい年上みたいです。ひとまとめにした赤銅色の髪が綺麗です。


「あぁ、皿洗いの求人に応募してくれたのね。助かるわ。あのドアの奥が厨房だから、そっち行って。あたしはピア。ここの娘よ。よろしくね」

「ルチアです。よろしくお願いします!」


 アイモーネさんから渡された紙を手渡すと、ピアさんはちらりと視線を走らせてエプロンのポケットにねじ込みました。

 わたしはその様子を横目で見ながら、指示された通りに厨房へ向かいました。


「あれ、誰?」


 中にいたのは、ピアさんよりさらに年上の男性でした。黒いエプロンをして、ピアさんと同じ色の髪をつんつんと逆立てています。お兄さん……とかなんでしょうか? よく似ています。


「ルチアといいます。お皿洗いのお手伝いに来ました」

「あー、あれね。ホントに来たんだ。へぇ~。しかも女の子。いいじゃんいいじゃん! 俺はラウロ。よろしくね、ルチアちゃん。さっそくお皿溜まってるから洗ってね~」


 軽い口調に促されて洗い桶に目をやると、たしかに大量のお皿が無造作に突っ込まれています。


「はい、これを洗えばいいんですね。お鍋とかも回してください。洗っちゃいますから」


 腕まくりして山盛りのお皿に挑みます。これは腕が鳴りますよ!


 ※ ※ ※ ※ ※


「ほい、お疲れさ~ん」


 無心になってお皿洗いを続けていると、不意に手にしていたおわんがひょいと奪われました。顔をあげると、ラウロさんがニコニコしながらこちらを見ています。


「ずいぶん手際いいね、きみ。すっげ助かった!」

「まだ洗い物ありますよ?」

「うん、それなんだけどさ、今店落ち着いてるし、いったん賄い食べてくんない? で、短時間だけピアと代わってやって。あいつ休憩させたいから」

「わかりました」

「ごめんね~。表に出すと自己主張の強そうなきみの恋人に悪いんだけどさ、背に腹は代えられないっていうの? 可愛いうちの看板娘のために協力してやって~」

「!」


 ラウロさんの発言に、わたしは一瞬言葉を失いました。なんでセレスさんのこと知ってるんですか??


「セレスさんのこと、知ってるんですか!?」

「セレスっていうの? 知らないよ。でもさ……うん、なんてーの、ここ、ついてっからさ。こんな見えるとこにつけてんの、すげーなって」


 鎖骨をトントンと軽く叩いて見せるラウロさんの仕草で、わたしは彼がなにを言っているのかがわかりました。出がけにセレスさんがつけてきたオマジナイのことですね?


「これ、そんな有名なオマジナイなんですか?」


 最初、突然首元にキスされたから驚いたんですよね。痛かったのはなにか魔法でもかけられたんでしょうか。セレスさん、風の魔法を少し使えるって言ってましたし。

 そう疑問に思って訊いたのですが、返ってきたのは爆笑でした。


「うん……うん、そうだね、有名かな。そんな堂々としたの初めて見たし、つけられてる本人がわかってないのも初めて見たけど。面白いね、きみたち。やー、二人のやり取り見てみたいなぁ!」


 なんだか反応がおかしいです。これ、オマジナイじゃないってことですか? そしたら、なんなの!?


「もしかして……あまり人に見せちゃダメなものでしたか?」


 俄然心配になって尋ねると、ラウロさんは目尻に浮かんだ涙を拭いながら頷きました。──なんてことでしょう!

 一瞬にして血の気が引いたわたしに、ラウロさんは親切にもそれがなんなのかを教えてくれました。


 ──セレスさん! なんてことをしてくれたんですかっっ!!


「でも、気にせず行ってきてね」

「あの、わたしお皿洗いって話で来たんですけど……」


 ”オマジナイ”がなにか知るまでは素直に代わるつもりでいましたが、それがなんなのか知った今、もう人前に出れる勇気はありません。猛烈に恥ずかしいです! 穴があったら隠れたいですよ!


「そしたらさぁ、これ巻いときゃいいよ」


 指摘された箇所を抑えて赤面するわたしに、ラウロさんは棚からごそごそと布を取り出して見せました。渋い色のストールです。


「おやじのだけど、まぁ短時間だし我慢して。さ、悪いね。さくっと食べてさくっと交代して? すぐまた客の波が来るよ」

「はいぃ~」


 どうやっても交代が避けられないなら、隠さなきゃダメです。

 わたしは半泣きになって渡されたストールを首に巻き付けました。

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