ルチア、バイトを探す
イヨルカの街は、今まで通った村よりかなり大きな規模の街でした。魔物の襲撃に備えて堅牢な外壁で囲まれているのはバンフィールド王国と同じです。
街に入るのに身分証明書の提示を求められましたが、セレスさんの騎士団章でことなきを得たのでほっと胸をなでおろします。ちなみにわたしの分は、ロミーナさんが持たせてくれた小銀貨を身元保証代として渡すことでどうにかなりました。
門をくぐると、思った以上に栄えています。広場には露店や屋台が立ち並んでいて、人がひしめき合っています。
「なんか……お祭りでもあるんでしょうか」
たくさんの黄色い旗が飾られたお店の軒先に、そんなことを思います。改めて見ると、まわりの人たちが身に着けているのは普段着ではなさそうです。
わたしはちらりと自分の格好を確認しました。レッラさんからもらったワンピースなので、あまり浮いてはいなさそうです。
「あー、時期的に豊穣祈願祭とかかなぁ」
「そういわれると、もう牧草月も終わりですもんね」
収穫月になる直前に行われる豊穣祈願祭ですが、バチス公国にも同じお祭りがあるんでしょうね。
「まずはお金を稼がなくちゃなぁ」
ジョットさんやエツィオさん、ロミーナさんからいただいた銅貨や小銀貨を思い浮かべます。書紙を買うには不自由しませんが、お手紙を出すのにいくらかかるかわからないので、たしかにお金は必要ですね。
「組合に行こう。単発の仕事があるかもしれない」
商人組合や職人組合といった職業別の組合もありますが、この場合、職業総合組合に行くべきでしょう。
わたしもハサウェスにいたときにはよくお世話になりました。
「ルチア、手を。はぐれたら大変だから」
移動しようとしたとき、セレスさんが手を差し伸べてきました。これは、手を……繋ごうってこと、ですよね??
繋ぐのをためらっていたら、ぐいっと手を引かれました。
「行くよ」
「は、はい」
誰かと手をつないで歩くなんて、ほとんど記憶にないです。十の頃にはもうお母さんは寝付いていましたし、お父さんは物心つく前には死んでしまっていました。
なんだか、ドキドキします。むずがゆいような、不思議な気持ち。恥ずかしいけど、嬉しいです。
笑ってしまう口元をうつむいて隠しながら、セレスさんと手をつないで、人混みを掻き分けるようにして歩きます。わたしが歩きやすいよう、盾になってくれるのがわかるのが、さらに気持ちを高揚させます。
食堂から漂ういい匂いを嗅ぎながら、職業総合組合を探して歩き続けると、ようやく目当ての建物が見えてきました。ステンドグラス製の看板が、陽に透けて綺麗です。
中へ入ると、外の喧騒が嘘のように静かでした。もしかしてお休み……ってことは、ないですよね??
不安になってきょろきょろとするわたしとは違って、セレスさんは壁に貼られている求人案内を眺めています。
「すみません~」
「はぁ~い、どうしましたぁ~?」
無人のカウンターの奥に声をかけてみると、野太い声が返ってきました。続いてひょっこりと美人のお姉さんが出てきます。
「あらぁ、こんな日に職探しぃ~? まぁ! すっごくいい男!」
「…………」
「…………」
お姉さんはくねっとシナを作りますが、紅く紅を引いたぷっくりした唇から漏れ出るのは、どう聞いても男の人の声でした。
思わず顔を見合わせたわたしたちに、お姉さん──お姉さんでいいんですよね?──はうふふと妖艶に笑います。
「アンタたち、イヨルカは初めてね? 見たことない顔だし。それにしても、アタシのこと知らないお客さんなんて久しぶりぃ~」
嬉しそうなお姉さんは、両手をパンと合わせると、可愛く小首をかしげました。
「アタシ、アイモーネ。はじめましてぇ~」
「……ブランさん、ですね。単発の仕事ってなにがありますか?」
アイモーネさんの自己紹介をスルーしたセレスさんは、アイモーネさんの胸元のネームプレートをちらりと見て、事務的な口調で尋ねました。うーん、声だけ聞いていると男性同士が話しているようにしか思えないのに、これはどう見ても美男美女が会話している光景です。脳が理解を拒むような光景ですね。
「単発ぅ? どんなのがいい? 今見てのとおり豊穣祈願祭が始まるところだから、紹介できるとして、警備のお仕事かぁ……うん、あとは食堂の接客ね。食堂の接客はたくさん募集がかかってるわよ。どこも忙しいからね」
「警備の仕事を見せてもらえますか?」
「はぁい。女の子の方は接客かなぁ。これなんかどう? ブレスゲンの店。なかなか手当はいいわよぉ」
「接客以外はないですか?」
「あぁん、彼氏、心配性~? うふふ、そんな顔するといじわるしたくなっちゃう~」
わたしは接客業でまったく構わないんですけど……。そんな気分でセレスさんを見ましたが、とりあってもらえませんでした。
セレスさんはアイモーネさんに他の仕事がないか訊きますが、他の募集は今一旦停止されているそうです。
「値段は下がるけど、カモラネージさんのとこで皿洗いの募集がかかってるわ~。表に出したくないならこんなのどぉ?」
「わたしは接客でもまったく問題……」
「接客ではないんですね? では、それで」
「ふふ、過保護ねぇ~。まぁ、わからないでもないわね。見た感じのほほんとしてるものねぇ、彼女。酒の入ったオトコにコナかけられても、普通に対応しちゃいそう」
色っぽい流し目で見られて、複雑な気持ちになります。まったくもって、そんなことはないですよ!
「接客でもお皿洗いでもなんでもやります! お仕事、紹介してください!」
アイモーネさんに言い募ると、艶っぽい笑みを浮かべたアイモーネさんは、どう聞いても男性としか思えない低い声で答えてくれました。
「承りましたぁ。それじゃ、これとこれ持って、それぞれ書かれた場所へ行ってね。これ、この街の地図だから。よろしくぅ~」
アイモーネさんはタンタンっとリズミカルに承認印を捺すと、ぺらりと二枚の紙をわたしたちの目の前に置きました。