ルチア、セレスと旅立つ
「それじゃ、気を付けて行くんだよ」
「はい、ロミーナさん、色々ありがとうございました」
「アタシたちこそありがとね。あんたが来てくれて助かったよ。た……セレスティーノとか言ったかね、ちゃんと守ってやるんだよ。いいね?」
「はい、必ず。ロミーナさんも色々とありがとうございました」
村の方々に見送られつつ、わたしたちはシェレゾ村を後にしました。
「直接神殿に行くんですか? えっと……リモラでしたけ?」
わたしはロミーナさんから聞いた話を思い出しながらセレスさんに訊きます。
「そうだね。皆は王都に立ち寄ってからフォリスターンへ向かうはずだから、俺たちはリモラへ寄ってからフォリスターンへ行こう。次に大きな街があったら、そこで書簡を出そう」
セレスさんは地図を広げつつ、答えました。お手紙を出す。会うのが遅れるなら、先に無事を知らせるだけでもしなくちゃですもんね。
「あとは、道中仕事をしつつ、行こうか。俺にも辻馬車の護衛くらいはできるし」
セレスさんは腰に下げた長剣を軽く叩きます。魔物が来たときのために、と、剣を所持していたダリオさんが譲ってくれたんです。
「歩きでごめんね、ルチア」
「知らないんですか? わたし、歩くの得意なんです。ガンガン歩いちゃいますから!」
セレスさんはすまなさそうな顔をしますが、人生で今まで馬に乗ったことがないわたしにとって、馬に乗るより徒歩の方が気軽なんですよね。
わたしは肩にかけた鞄を抱え直すと、意気揚々と歩き始めました。正直、気恥ずかしいのを誤魔化したいのもあります。
「さあ、行きましょう! 早く行かないと日が暮れちゃう」
「そうだね、行こうか」
そうして、わたしたちは再び旅を始めたのでした。
※ ※ ※ ※ ※
セレスさんとの間にあったぎこちなさは、旅を続けていくうちに消え、元通りに話せるようになりました。
元通りとはいえ、若干触れ合う時間は増えたといいますか、セレスさんの対応が……その、なんていうんですか、甘くなった……みたいな。元から優しいんですけど、笑顔とか声音とかがですね、なんか違います。
最初こそこそばゆかったんですけど、他に人がいないせいか、なんだかそれもすぐに慣れてしまいました。
ちょっと──はい、だいぶ幸せです。
「もう少し先に行けば、街があるみたいだ」
「そうなんですか?」
隣を歩くセレスさんが、地図を確認します。
「うん。イヨルカって街。リモラはそこから東に行ったところだね。ほら、ここ。で、ハーシュはこっちの街道を進んだ先」
「フォリスターンは?」
「フォリスターンは、えっと……あぁ、ここだね。リモラよりハーシュの方が近いかなぁ」
セレスさんの指先が地図の上を滑ります。その指をたどって視線を動かすと、フォリスターンの文字がありました。たしかにリモラ経由で進むよりは、ハーシュから行った方が近そうです。
「まぁ、イヨルカからはハーシュよりリモラの方が近いけどね。でも、その先がだいぶかかるかなぁ」
「お手紙、間に合うでしょうか」
今まで通り過ぎたのは村ばかりでした。辻馬車が停まるような街でないと、書簡の郵送はお願いできないでしょう。
「手紙の郵送はかなりの値段になると思うから、その前に費用を稼がないとね」
「そうですね……」
魔物の横行が激しくなるとともに、人々の移動は制限されるようになりました。ダリオさんのように行商を生業にしている人なんかは、たとえ腕に覚えがある人でも、アカデミアが流通させている高額な結界石をかならず持っているくらいです。
そんな風になってから、手紙のやり取りは特殊なものとなったそうです。わたしが生まれたころにはもう魔物の勢いは激化してしまっていたので、わたしは手紙というものを見たことがありません。
「国営の辻馬車がやってる郵便が回ってくるエリアなら、だいぶ安くできるんだけどなぁ。私営の奴に当たるかもしれないし、とりあえず両方の準備だけはしておかないと」
「用箋も必要ですよね。宛先ってどうなるんでしょうか。ちゃんと届けてもらえるんですか?」
「多分、封筒に騎士団章の印璽を捺せば大丈夫だと思う。騎士団隊員は皆こういう身分証を持っていて、シグネットリングみたいに使うこともできるんだよね」
セレスさんは襟元からペンダント型の騎士団章を引っ張り出すと、わたしに見えるように見せてくれました。盾の中に長剣と王冠が意匠化されたそれは、隊服に刺繍されているのでわたしも目にしたことがあります。
「他国でも、王都ならこの紋章が捺されているだけで尊重されるはずだ」
「間に合うでしょうか」
「正直わからない。念のためフォリスターンの直前にある要塞宛にも送ってみるか……」
リモラに立ち寄るなら、わたしたちが無事なことだけでも先に伝えたい。そう思っての手紙ですが、なかなか難しいようでした。




