ルチア、お礼を言われる
エツィオさんは長年この村で村長をやっているお家の方でした。白いおひげを蓄えて、威厳と人の良さが同居しているような雰囲気をしています。
「ほうほう、そなたがジョットを助けたというお人かね。話はジョットから聞いとるよ。さぁ、狭いが拙宅へいらっしゃってくだされ」
エツィオさんは琥珀色の瞳を細めて、わたしたちをお家へ招き入れてくれました。
恐縮しながらもそのままお邪魔すると、そこにはダリアちゃんを膝に抱っこしたジョットさんがいました。
「聖女様!」
「ルチアちゃん!」
わたしの顔を見たジョットさんは、椅子を蹴立てるように立ち上がります。膝から滑り降りるようにして、ダリアちゃんが駆け寄ってきました。
「わたし、聖女じゃないです。聖女様は他にいらっしゃいますよ」
これだけは否定させてください。わたしは聖女じゃないです。第一”シャボン”はすごくショボい魔法だったんですよ! 不思議な効果があるってわかったのは、本当にここ最近ですから!
わたしはダリアちゃんを抱きとめながら、ジョットさんの言葉を訂正しました。
「それでも、おれにとっては聖女様だ。あんた……いや、あなた様がいなけりゃ、おれはダリアを遺して死ぬとこだった。どんなに礼を言っても足りんが、言わせてほしい。ありがとうございます。本当に、あなた様は命の恩人だ」
「うん、ルチアちゃんありがとう! おじいちゃん助けてくれて。ルチアちゃんのおかげで、またおじいちゃんとくらしていいよって言ってもらえたの。すごくうれしかった!」
二人からお礼を言われてあわあわするわたしを、ロミーナさんは笑いながら背中を軽く叩いて落ち着かせてくれました。
「ジョットもダリアも、間違いなくあんたが助けたんだよ、嬢ちゃん。さて、エツィオ。こん人らは旅するために荷物や食料を必要としてるそうさね。現金は無理でも、ものなら村から掻き集めれば出せないかね?」
「そうさな、そうしようかね。すまんね、旅のお人よ。それでもかまわんかね?」
「はい、とても助かります。すみませんがお言葉に甘えて食料や水などを分けてください」
お金はともかく、食糧なんかの問題が解決するのは、とてもありがたいです。セレスさんもそう思ったのか、その申し出に即座に頷いていました。
※ ※ ※ ※ ※
毛布、ロープ、ナイフ、タオルに救急道具、着替えや石鹸、水筒に食料。旅に必要な様々なものがどんどんエツィオさんのお家のテーブルの上に集まっていきます。
「うわっ!」
不意に頭からなにかが降ってきて、わたしの視界を奪いました。驚きつつそのなにかを顔から引き離すと、それは優しい色合いの薄黄色のワンピースでした。
「それ、あげるから」
声がした方を振り返ると、そこにはレッラさんがいました。
「あんたが着てるの、ロミーナばあちゃんの服でしょ? セレスティーノさんの隣でそんなばばくさい格好しちゃダメよ! ただでさえ地味なんだし」
「レッラさん」
「……あー、違うの。そうじゃなくて。あたし、あんたに謝ろうと思って来たのに……」
レッラさんは整った顔をしかめると、わたしに向かって勢いよく頭を下げました。
「昨日はひどいこと言ってごめん! 自分の結婚がうまくいかないからって、幸せそうなあんたに当たるのは間違ってた。帰っておばあちゃんにめちゃくちゃ怒られて、ようやく自分がひどいことしたって気づいたんだけど、謝るのが遅くなってごめんなさい」
「!」
「謝っても傷つけたことはどうしようもないから、せめて旅の支度を手伝うことで償いたいなって。それ、カーラ姉ちゃんの服なの。昔、あたしと一緒に杏の葉っぱで染め出したやつなんだけどさ、すごくいい色に仕上がって、二人でワンピース作ったんだよね。あたしのやつはあんたにはきつそうだから、カーラ姉ちゃんのやつ、あげるよ。多分、その方がカーラ姉ちゃんも喜ぶ」
「おかあさんの? これ」
カーラさんってどなたでしょうと思ったところに、ダリアちゃんの声が重なりました。
「そう、ダリアのお母さんの。前形見分けでもらったんだ。ジョットおじちゃんを助けて、ダリアがさみしくないようにしてくれた人だもん。きっとカーラ姉ちゃんもお礼がしたいと思うんだ。ありがとね、あんたのおかげでダリアがまた泣かなくて済むよ」
レッラさんはダリアちゃんを呼び寄せると、ぎゅっとスカートで包むこむようにして抱きしめました。
「レッラさん、ダリアちゃん、ありがとうございます!」
「だからぁ、お礼を言うのはこっちだっつーの!」
「ルチアちゃん、ありがとう!」
レッラさんからいただいた服を抱きしめて、わたしはレッラさんとダリアちゃんと笑いあいました。




