ルチア、昔話を聞く
「ん……っ」
不意打ちのようなキスは、わたしが思っていたような簡単なものではありませんでした。
なんて言うか……そのまま食べられそうです。なんで、なんで唇舐めるんですかっ? なんなの!?
混乱しきって頭が真っ白になったわたしは、ふと気付きました。
呼吸が……呼吸ができませんよ!?
いえ、鼻で呼吸をしようとはしてるんですが、うまく吸えないんです。口は塞がれてるので、こっちですることもできません。
あれっ、もしやこれ、窒息の危機ですか⁇ それともキスってこういうものなの!? どうしよう、胸も呼吸も苦しいです! 死んじゃう!
「ルチア?」
──恋愛初心者なわたしには、キスすらハードルが高かったようでした。
そうして再び気付いたとき、わたしがいたのは、はじめにロミーナさんと寝ていたベッドだったのです。
※ ※ ※ ※ ※
「あれ、夢……?」
あまりにも普通に目が覚めたので、最初にわたしが考えたのはそのことでした。
夢。夢だったんでしょうか。やっぱり、あんなに都合のいい展開は夢ですよね……。
でも、夢にしてはすごくリアルでした。セレスさんと両想いになって、その……キスまでしちゃうとか、夢だとしたら、とんでもない夢です。うわっ、恥ずかしいですよ!
わたしは思わず両手で顔を覆いました。頰がめちゃくちゃ熱いです。どんな顔してセレスさんに会えばいいんでしょう!
しばらくベッドの上で悶えていたわたしでしたが、諦めてもそもそと起き上がりました。すでにロミーナさんは隣になく、カーテンの隙間から差し込む朝日は、だいぶ眩しくなっています。お邪魔している身で寝過ごすなんてみっともないですし、そろそろ起きなくては。
足元に揃えていたブーツを履くと、わたしは寝室を後にしました。ロミーナさんのお家は、寝室を出ればすぐリビングです。
「おや、起きたのかい?」
「あ……おはようございます。すみません、遅くなって」
「おはよう、嬢ちゃん。昨日は大変だったね。色々訊きたいことや言いたいこともあるけど、まずは食事をお食べ」
ロミーナさんは穏やかな笑顔を浮かべてわたしを迎え入れると、お鍋からポリッジをよそってくれました。
「ミルクは今朝搾ったもんだよ。好きなだけ入れな」
「はい。ミルク入りのポリッジは久しぶりです。いただきます」
ロミーナさんから木の器と匙を受け取ると、わたしは大地の恵みに感謝の言葉を捧げてから、ありがたくいただきました。
それにしても。
「あの……セレスさんは?」
顔を合わせづらいとはいえ、いないと気になります。まだ寝ているのでしょうか?
「隊長様は今屋根の修理と井戸の修理をしてるよ。浮かれて血が上った若者は、少し頭を冷やすといいんだよ。それより嬢ちゃん、具合は悪くはないかい?」
「どこも問題ないです」
すっきり目覚めて身体の方は調子がいいです。気分は……複雑ですけども。
わたしがそう告げると、ロミーナさんは目尻のしわを深くしました。
「それはよかった。あんた、ジョットを助けてくれたそうだね。本当にありがとさん。朝からシェレゾはその話題で持ちきりだよ」
ロミーナさんに言われて、夢かと疑っていた昨夜の記憶がよみがえりました。ジョットさんとダリアちゃん。白くなって地面に落ちたファンガス。そして……セレスさんに言われた言葉。
「夢──じゃ、なかったんですね」
「なにを言ってんだい。あんたがやりとげたんだろ、聖女様!」
「聖女様!? いえ、それはわたしじゃないです!」
「違うのかい? 昔話の聖女様の御業を思わせるって、もうもちきりだよ」
「昔の……聖女、様」
わたしが目を丸くすると、ロミーナさんも同じように目を丸くしていました。深緑の瞳が、まるで子どものようでした。
「1600年前の異世界の聖女様のことだよ」
1600年前の、聖女様。
マリアさんが召喚されたと国中で噂されたとき、過去、同じように異世界から召喚された聖女様がいらっしゃって、その方のお力によってその当時瘴気に侵されていた天晶樹は浄化されたという、古の聖女様のお話も同時に流布しました。
しかし、その聖女様の細かなエピソードは失われていると聞いていたのですが……。
「朝、隊長様とも話したんだけどさ、なんでもバンフィールド王国には聖女様のお話は伝わってないみたいだね。まぁ、前回お見えになった聖女様は、バンフィールドじゃなくてこのバチスに現れたっていうから、伝わり方が違うのかもしれないね」
「はい、バンフィールドでは古の聖女様の存在は知られているのですが、細かなお話は伝わってないんです。異世界から天晶樹を救うために降り立ってくださった、とだけ……」
「いやだよねぇ、ひとっかけらも伝わってないんだもの。聖女様は天晶樹を救っただけでなく、道中の街や村で困った人たちを助けたり、魔物退治をしたりと、広く人々のために働かれたんだよ」
慈愛にあふれる聖女様だったんですね。
古の聖女様の話を聞いて、わたしはマリアさんを思いました。早く会って安心させてあげたいです。優しい彼女は、きっとひどく心配しているはずですから。
「再び元の世界に戻られたとき、当時の人々はとても残念がったという話だよ」
「!」
ロミーナさんの発言は、わたしの身体に電撃を走らせました。
再び、元の世界に……戻られた??
「それって、本当ですか!? 本当に、戻られたの??」
「隊長様も同じことで驚いてたよ。あんたたちは反応が同じで面白いね」
ロミーナさんは笑いますが、わたしはそれどころではありませんでした。
帰れる。帰れるんです! マリアさんが元の世界に帰る方法が、この世界のどこかにあるんです!
「ロミーナさん、その話、詳しく教えてください!!」
あけましておめでとうございます。
今年もちまちま投稿していきますので、よろしくお願いいたします!