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ルチア、難問を要求される

 一瞬ののち、わたしはセレスさんの腕の中に抱き込まれていました。


「やばい、こんな都合のいい話……夢? 夢なのか!?」


 セレスさんもわたしと同じことを考えているのがわかって、思わず笑ってしまいました。そうですよね、夢みたいって思いますよね。


「わたしも夢かと思いました。でも、きっと現実です。ほら、さわれるもの」


 そっと掌と掌を合わせると、そのまま指を絡ませるように握られました。


「うん……そうだね。でもやっぱり現実感がないや。このまま寝てしまったら絶対夢だと信じる自信があるよ、俺」

「それは……わたしも同じかもしれません」


 わたしたちは顔を見合わせて笑いました。あの、アールタッドの裏庭での時間を思い出しますが、やはりどこか距離感が違うような気もします。


「ファンガスの騒ぎのときにさ、最悪胞子が俺にかかっても仕方ないって、そんな覚悟をしてたんだけど」

「な……っ! なんてこと考えてたんですか!」


 のほほんとしていたら、セレスさんが爆弾を投げてきました。一瞬にして血の気が引きます。あのとき、ドアを抑えながらそんなことを考えていたんですか!?


「うん。俺がかぶれば、君たちにまでいかないって思ったんだ。今思うと、自分の命を粗末にするやり方なんてするものじゃないよね。そんな形で守られても、ルチアを傷つける結果にしかならなかっただろうし」

「そんなことになったら、悔やんでも悔やみきれませんよ!」

「だよね。でも、そんなことにならなくてよかった。こんな風に君と過ごせる時間なんてもらえなかっただろうし。なんであんな馬鹿なこと考えたんだろう、俺。情けないなぁ。もっといい方法があったはずなのに」


 セレスさんは癖のない金髪を、くしゃくしゃと掻き混ぜました。


「そうですよ。もうそんな危ない方法は選ばないでくださいね。セレスさんになにかあったら、わたし……どうしていいかわかりません」

「絶対しないよ」

「絶対ですよ!」

「君に誓うよ、もう危ないことはしない。ルチアと別れることになるとか、耐えられないからね」


 ……さらりととんでもない発言を混ぜてくるのは卑怯だと思いますよ!


「真っ赤だよ、ルチア」

「セレスさんのせいですよっ」

「光栄だね」


 赤面したわたしの額を突いて笑うセレスさんは、ちょっと人が悪いと思います。ほんとに、ほんとにもうっ!


「それよりさ、ルチア」


 ひとしきり笑った後、セレスさんは笑顔のままわたしの顔を覗き込みます。


「もう、”セレス”とは呼んでくれないの?」

「? 呼んでますよ?」


 セレスさんの本名はセレスティーノさんですが、知り合った当時の名残で、ついつい省略して呼んでいますが……どういうことでしょうか。

 首をかしげるわたしに、笑顔に照れをにじませたセレスさんは言葉を続けます。


「違う、そうじゃなくてさ。お芝居だとわかってはいたんだけど、俺、ルチアに”セレスさん”じゃなくて”セレス”って呼んでもらえて、すごく嬉しかったんだ。君の内側に入れてもらってみたいで。ダメ? 無理かな??」

「そ……れは」


 なんて無理難題を言うんでしょうか!

 単なる呼び名ではありますが、それを変えるにはかなりのエネルギーがいります。なにより、恥ずかしいです。前に呼んだのはお芝居だからと思えたからで、これが両想いになってから呼び方を変えるとなると……む、無理です! 理屈じゃなくて、感情的に乗り越えづらいといいますか……とにかく恥ずかしいですよ!


 目を泳がすわたしに、けれどもセレスさんは容赦をしません。続く沈黙と揺るがない視線に耐えかねて、とりあえず試してみようと思いました。


「セ、レス……」

「うん」

「さん」

「それはいらないから」

「無理です! お願いします、時間をください!」


 これ以上頑張ったら心臓停まっちゃいます! そんなキラキラした笑顔で見ても駄目ですってば!


「それじゃあさ、練習しようよ。一回間違えるごとにペナルティなんてどう?」


 セレスさん、セレスさん。なんでそんなにいい笑顔で恐ろしいこと言うんですか!?

 腰が引けたわたしの退路を断つように、セレスさんはわたしを囲い込みます。


「む、無理ですよ~」

「涙目で見上げてもかわいいだけだからね、ルチア。俺には逆効果だから」


 あの、性格変わってませんか!?

 焦るわたしが面白かったのか、一瞬ののち、セレスさんは吹き出しました。


「ごめんごめん、嘘。浮かれすぎていじわるしちゃったね。でも、”セレス”って呼んでほしいっていうのは本当だから。自然に呼べるまで待つから、いつかそう呼んでよ」


 笑いながらセレスさんは、わたしの目じりににじんだ涙をぬぐうと、すっと真顔になりました。わけもなくぞわっと鳥肌が立ちます。え、なんで??


「でもさ、こっちは待てないかも。……キスして、いい?」


 セレスさんはわたしの答えを待つことなく、頤に指をかけるとーーそのまま唇を重ねてきました。

これが2015年最後の投稿になります。

皆様、今年一年お付き合いいただき、ありがとうございました。

また来年もよろしくお願いいたします!

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