ルチア、セレスに怒られる
「おじいちゃあぁん!」
「ダリア!」
その首に飛びついたダリアちゃんをきつく抱きしめ、ジョットさんは泣いていました。その頭には、あのおかしな黒い茸はもう見当たりません。あたりを見ると、ぽつんと白く干からびたなにかが落ちています。
「あれがファンガスの枯れた姿だよ」
ぽん、と頭に掌が乗せられて上を向くと、そこには穏やかな表情のセレスさんがいました。
「セ、レスさん……」
「ごめん、びっくりさせたよね。でも、話はあとだ。ジョットさん、我々はいったん戻ります。ロミーナさんのところにお邪魔しているので、朝改めて伺います」
「あんたたち、ありがとう! ありがとう……なんてお礼を言っていいのか」
「ルチアちゃん、ありがとう!」
顔中をくしゃくしゃにしたジョットさんは、ダリアちゃんを抱きしめたまま深々とお辞儀をします。
「戻ろう。話がある」
つないだセレスさんの手は、さっきと違ってあたたかいものでした。
※ ※ ※ ※ ※
「ルチア、俺は怒ってる」
「……はい」
セレスさんの連れられてロミーナさんの家の納屋へ足を踏み入れると、開口一番そう告げられました。
「君は自己評価が低すぎる。”シャボン”が魔物に効いたからといって、それはその存在を消し去るものではないだろう? なにかあった後じゃ遅いんだ。聖女様の代わりがいないのと同じく、君にだって代わりはいないんだよ。君は、自分の力の意味をもっとよく考えるべきだ」
なにもかもが耳に痛いです。
「……セレスさんにも代わりはいません」
「旅の同行者としてなら代わりはいくらでもいる。それくらい君の力は稀有なものなんだ。聖女様だけではどうにもならない事態が起こったとしても、俺たちだけじゃなにもできない。魔物は倒せたとしても、浄化ができるのは聖女様とルチア、君だけだ」
浅はかに行動を起こしたわたしを諭すと、セレスさんはスッと一筋わたしの髪を掬いました。
「まぁ、君の性格上、見捨てることができないのはわかってる。事前にちゃんと言葉にして言わなかった俺の責任は重い。ごめん、ルチア。怖かったよね」
「なんで……あんなことをしたんですか。もしセレスさんになにかがあったら、わたし……」
思わず泣きそうになって、わたしは目元をごしごしとこすりました。泣いている場合じゃないです。
「うん、ごめん。ファンガスは胞子を飛ばして取りつくからさ、小屋に閉じ込めれば被害は食い止められるかなって思ったんだけど、思ったよりドアが粗末で。咄嗟でなにも作戦が立てられなくてごめん」
「無事で、よかったです」
「そうだね、俺もそう思う。君が無事でよかった。君になにかあったら、俺は平静じゃいられない。……あのさ、ルチア」
「はい」
「もっと自分を大事にして。君を大事に思う人はたくさんいる。君が自分をないがしろにしたら、俺も、聖女様も、お城の君の仲間も、皆すごく悲しむよ」
ろうそくの頼りない灯りに照らされたその瞳には、真剣な色が宿っていました。
わたしは、マリアさんやお城の皆のことを思います。わたしはひとりだからなにかがあっても大丈夫と、少し思っていたのを見透かされたようで恥ずかしいです。わたしは、全然ひとりなんかじゃなかったのに。
「……はい。考えが、足りませんでした」
「俺は言葉が足りなかった。ルチア、君になにかがあったら俺は生きてはいられない。そう言っても君は無茶をする?」
「それは……?」
「もちろん、それは俺個人としてだ。仕事がどうこうといった話じゃない。君が大事だから、君が傷ついたりいなくなってしまったりしたら、俺は耐えられない」
それは、まるで告白のようで。
思わず赤面してしまい、慌てて頭を振って正気に戻ります。今は怒られている最中です。そんな風に思っていいときではありません。
「……まだ、伝わってないのか。君は素直なのか頑固なのか……時々悩むよ」
困ったようなはにかんだような笑顔を浮かべて、セレスさんはがりがりと頭を掻きました。
「ルチア、こんなときに言うのもどうかと思うけど、でも君の根底にあるのがひとりであることなら、俺はそれを崩したい。君をひとりのままにしたくない」
セレスさんはわたしの手を取ると、その指先にそっとキスを落としました。以前にもされた仕草に、かあっと頭に血が上ります。ドキドキと胸が高鳴って、セレスさんにその音が聞こえてしまいそうで、わたしはつかまれていない方の手を胸元に引き寄せました。
違います、誤解しちゃダメです。こんなかっこいい人がわたしのことを……なんて、あるはずないです。そんなの、物語の中だけの話です。
「ルチア。ちゃんと見て。聞いてほしい。君はなんとも思ってないかもしれないし、迷惑かもしれない。だけどーー」
セレスさんの青い瞳が、わたしを射すくめます。
「俺は、君のことが好きです」
世界が、真っ白になりました。