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【挿話】セレスティーノ、プレゼントを見繕う

 再会したルチアは、明るく可愛い少女だった。

 “竜殺しの英雄”としてではなく、単なる“セレスティーノ”として見てもらいたくて、俺は愛称であるセレスとだけ名乗った。

 身につけた騎士団の隊服にかしこまる彼女をなだめすかし、どうにか親しくなることに成功した俺は、天気のいい日は昼をともに過ごす間柄にまで昇格した。我ながらよく頑張ったと思う。


 ルチアはあの後、母親を亡くしたらしい。天涯孤独となったルチアは、母親のために負った借金返済のために実家を売り、王城の洗濯婦として働いていると言っていた。


「わたし、運がいいんですよ! だって、こうやって住み込みで働ける職に就けたんです。しかもお城! すごいですよね!」


 そう言って笑う彼女に、一片のくもりもない。本心から運がいいと喜んでいるのだろう。素直な気持ちに眩しく思った。

 母親を亡くし、その借金のカタに今までの生活を失ったというのに、ルチアは後ろを向くことなく頑張っている。そんな風になったとき、俺は同じように笑えるだろうか。無理な気がする。


「こういうお天気のいい日は大好きです。洗濯物が気持ちよく乾くし、セレスさんにも会えます」


 気になる相手にこんな可愛いことを言われて、恋心を抱かない奴はいないと思う。


 そう、俺はルチアが好きだ。


 彼女といると飾らない自分でいられる。“セレスティーノ・クレメンティ隊長”ではなく、単なる“セレス”に。


 俺は派手な外見のせいでよく誤解されるが、中身は地味でつまらない人間だと思う。趣味も特にないし、特技もない。単に剣術に秀でていて、力があるだけの平民あがりの騎士。

 それが運よく竜を倒してしまい、“竜殺しの英雄”なんてあだ名されたものだから、たまったものではない。

 第3隊をまとめる人間として、国を人々を守る騎士としてしっかりしなければと仮面をかぶり続ける毎日に辟易していた俺に、自然体で接してくれるルチアは眩しく映った。


 天気だろうが雨だろうがどうでもよかった日々は終わった。

 太陽を待ちわびる俺は、単なる恋に浮かれた馬鹿者でしかない。


 そんな日々を過ごす中、俺はアグリアルディ団長に呼び止められた。

 フェルナンド・アグリアルディ騎士団長は、このバンフィールド騎士団の団長で、俺の敬愛する方である。陛下の覚えもめでたく、なんでも常にお側に控えさせているそうだ。


「クレメンティ隊長、きみ、浄化の旅のことについては聞いているね?」


 先だって各国、並びに魔法使いを擁するアカデミアの面々によって、異世界から聖女を召喚したとの話は聞いていた。マリアというその少女は、現在アカデミアでこの世界についての勉強と、浄化の光のコントロールを学んでいるという。


「そろそろ出立する。内々に決定したことだが、メインの同行者は私と副官のレナート、きみ、それにアカデミアの魔法使いだそうだ」

「俺、ですか」

「“竜殺しの英雄”の同行は必須だよ。戦力としても旗印としても」


 その瞬間、俺の脳裏に浮かんだのは「ルチアと会えなくなる」ということだけだった。我ながらとんだ恋愛脳になったものだ。


「侍女の選定に難航しているそうだが、少なくとも3日後に公知される予定だ。出立はその半月後。いいね?」


 否、という返答は許されていなかった。

 浄化は世界のためにも必要だ。このままではバンフィールド王国に魔物の襲撃があるのも時間の問題であるし、その魔物が竜であった場合、今の痛手を受けている騎士団とアカデミアが支えられるとは思えない。

 ルチアといる未来が欲しいなら、力の限り頑張らねばならないのだ。


 ルチアと離れ離れになるとわかったとき、俺はなにか彼女にプレゼントをしようと思い立った。

 プレゼント……貴金属アクセサリーとかか?

 隊の詰所で考え込んでいると、背後から声が飛び込んできた。


「付き合ってもない女性にアクセサリーとかないですね!」


 考えが口に出ていたかとドキリとしたが、どうやらその言葉は俺に向けられたものではなかったらしい。


「そう! そこでハンドクリームですよ!」

「香水ならともかく、ハンドクリームかぁ?」


 言い合っていたのは俺の隊の隊員だった。ハンドクリームを勧めているのがブリッツィ、勧められているのがアスカリだ。2人とも古参の隊員で、1年前の竜討伐に参戦したメンバーだ。


「リリィ・ブリッツィのハンドクリームは女性に人気ですよ! 知らないんですかジェレミア?」

「あのなあ、フェデーレ。彼女のいない独身のオレがそんな店の評判なんか知るか」

「さみしい話ですね……哀れな」

「なんだとぉ!?」


 煽られたアスカリが椅子を蹴立てて立ち上がるのを手で制し、ブリッツィは話を続ける。


「あのですね、アクセサリーも香水も、女性は好みがあるんですよ! その点ハンドクリームは、多少好みの香りと違っていても使いやすい実用品です。つまりハズレがない。わかりますか?」

「匂い云々では香水と変わんねえじゃないか」

「違いますよ。香水はあたりにまで漂う、その人の印象を深く刻み付けるものですよね? その点ハンドクリームのほのかな香りは、本人をリラックスさせ、幸せな気持ちにし、かつ肌を美しく保つ、素敵なものです!」


 たしかに!

 ルチアは洗濯婦だ。手荒れと切り離せない職業の彼女に、ハンドクリームはうってつけのプレゼントだ。

 リリィ・ブリッツィか。商家出身であるブリッツィの実家だな。


「さて、そんな貴方に素敵なものが。じゃーん! 今をときめくリリィ・ブリッツィの人気商品、ハンドクリームです! ちょっとお高いですが、小銀貨3枚!」


 どこから出したのか、ブリッツィはご丁寧にリボンがかけられた包みを掲げて見せた。


「……それ、匂いはそれだけか?」

「いえ、1番人気なのがこの花の香りですが、他に果実の香りもありますよ?」

「果実の方がいい」

「えー! こっちかと思って果実のは用意してないですよ〜!」

「詰めが甘いな、商人!」

「僕は騎士です!」


 花と果実か……ルチアなら花の方が似合いそうだ。


「そんなら今度彼女を誘って買いに行ってやるよ、リリィ・ブリッツィに」

「それは喜ばれますよ! お越しの際には是非化粧品なんかも……」

「商人魂ハンパねえな!」

「うちは化粧品店ですよ! そっちが本命の商品です!」

「おまえやっぱり商人向きだよ」


 ブリッツィは残念そうに包みを隊服の内ポケットへ戻そうとした。


「ブリッツィ、それいらないなら売ってくれないか?」


 ……そう発言するのには、結構勇気がいった。


 ※ ※ ※ ※ ※


 騎士団の独身寮の自室で、俺は手に入れたプレゼントを前に、ひとり悩んでいた。

 浄化の旅に出たら長期間留守にする。その間に彼女に目をつける奴がいないとも限らない。特に竜討伐のときにいたメンバーが彼女に会った場合、俺のように心惹かれる可能性はある。となると、やはり目に見えるもの、身につけられるものも贈っておきたいのだ。


 それに、俺もなにかお守り代わりにルチアの持ち物が欲しい。

 妻や恋人がいる奴は、魔物討伐の際よく彼女たちの持ち物を懐に忍ばせている。以前は気に留めなかったが、今となってはその気持ちがよくわかる。


 ルチアの持ち物……ハンカチか? いや、できたらもっと身近なものがいい。

 そう思ったとき、包みにかけられたリボンが目に付いた。そうだ、ルチアはいつもリボンで髪をまとめている。ルチアが了承してくれるなら、あれを借りるのはいい案だと思えた。

 ただ借り受けるのではほどいてしまった髪の始末に困るだろうから、リボンも贈ろう。そう決めた俺は、足早に部屋を後にした。

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