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ルチア、シャボンを試す

 頭を下げたものの、返ってきたのは沈黙でした。

 怖い。とめられていたのに無理やりしでかしたという自覚があるだけに、沈黙が怖いです。

 でも、わたしの能力ちからはそんなに秘密にしておかなければいけないんでしょうか。困っている人を助けることも許されないような力なんでしょうか。

 お母さんは助けられませんでした。助けたくて精一杯頑張ったけれど、わたしには助ける力がありませんでした。

 ようやく誰かを助けられるかもしれないのに、手を貸しちゃダメだなんて……。


「ルチアちゃん、もしかしておじいちゃんを助けてくれるの?」


 わたしに言葉を返してくれたのは、セレスさんでなくダリアちゃんでした。茶色い瞳にいくばくかの期待を乗せてわたしを見ています。


「助けたい……です。お願いします、セレスさん!」

「……ズルいなぁ」


 ため息交じりの言葉にビクッとなります。

 ズルい。そうなのかもしれません。セレスさんの優しさにつけこんで、わたしは自分の我を通そうとしているんです。


「ひとつ、条件がある。これを受け入れないなら俺も頷けない」

「はい」


 わたしたちのやり取りを、ジョットさんとダリアちゃんは黙って見守っています。


「君は魔法を使った後、すぐ退避すること。いいね?」

「え……」


 セレスさんから提示された条件は、あまりにもシンプルなものでした。

 それでいいんですか? だって、危険だから近寄っちゃダメってことじゃなかったんでしょうか??

 拍子抜けしたわたしは、その裏に隠されたセレスさんの意図に気づくことなくその提案を受け入れてしまいました。


「君がその力を信じるなら、俺はそんな君を信じる。ダリアちゃんは危ないから離れておいで。ジョットさん、これから起こることの詳細については他言無用でお願いします。いいですね?」

「あ、ああ……。しかし、いいのか? そんな、ファンガスに攻撃を仕掛けるなんて……」


 信じられないといった様子のジョットさんに、セレスさんは黙って笑って見せました。


「さぁ、ルチアはドアのところへ。魔法を行使したらすぐさま逃げること」

「セレスさんは……?」

「俺も小屋から出るよ。さぁ、試すなら早くしよう。ダリアちゃん、終わったら呼びに行くから、風上のあちらの方へ行けるかい?」

「うん!」


 さっきまで大反対だったのに、あっさりと受け入れてくれたのはなんでなんでしょうか?

 ”わたしがこの力を信じるなら、セレスさんはそのわたしを信じる”。わたしはセレスさんの指示に従ってジョットさんと距離を取るダリアちゃんを見ながら、その言葉を胸の内で転がしました。


「さあ、ルチアもドアの外へ行くんだ」


 セレスさんはわたしの肩を抱くようにして小屋の外へと連れ出します。


「なにがあっても、”シャボン”をかけ終わったらこの場を去ること。そう、ダリアちゃんのところくらいまでかな。風下には行くな。ルチア、君ならできる」


 頬に触れた指が、とても冷たいことに驚きます。


「さあ」

「あ……はい」


 促されて、わたしはジョットさんに向き直りました。様子のおかしいセレスさんも気になりますが、今気にするべきなのはジョットさんです。

 ジョットさんは半信半疑といった面持ちでわたしを見ています。その頭上に聳えるように生えるファンガスに意識を集中し、わたしは深呼吸をしました。

 きっと、助けてみせます。お母さんのときとは違います。今のわたしはあのときほど無力ではないんです。


「≪シャボン≫!」

「走れ!」


 唱えた瞬間、セレスさんに強く背中を押されました。視界の端にちらりと映る七色のシャボン玉を確認しつつ、わたしはその声に従って走り始めます。


「ルチアちゃん!」


 ダリアちゃんのところまで走りきると、わたしは小屋を振り返りました。


「……セレスさん!」


 わたしの後ろにセレスさんの姿はありませんでした。立て付けの悪い小屋のドアを抑えるようにして、セレスさんは小屋の真ん前にいます。

 なんで!? わたしは混乱しました。どうしてセレスさんはここにいないんですか!?


「ルチア、まだこちらへ来るな!」

「やっ……セレスさん!」

「ルチアちゃん、危ないよ!」


 駆け寄ろうとしたわたしを察したんでしょう。セレスさんの鋭い声が鞭のようにわたしにぶつけられました。

 その声を受けてダリアちゃんがわたしを押しとどめようとするかのように抱き着いてきます。


 わたしを信じるって、こういうことだったんですか!? なんで? セレスさんも一緒に逃げるんじゃダメなんですか??


 混乱するわたしを置いたまま、セレスさんは小屋のドアを開けると中へ入ってしまいます。


「セレスさんっ! ダリアちゃん、離して!」

「やだぁ! 行っちゃだめだよぉ!」


 真っ青になったわたしにすがるダリアちゃんの顔も青いです。

 わたしの手をきつくつかむダリアちゃんの手は冷たくて、それはいやがおうにも先ほどのセレスさんを思い起こさせます。

 嫌です。セレスさん、そんなのイヤです!!


 一瞬が永遠のように思えました。ドアの向こうに消えた姿が頭から消えなくて、ガンガンと耳鳴りがします。


「……ルチア、ダリアちゃん、もう大丈夫みたいだ。おいで」


 しばらくして、静かなセレスさんの声がわたしたちを呼びました。見慣れた金色の頭がドアの間から覗いて月の光を受けて輝いています。

 その声にハッと我に返ったわたしは、慌ててダリアちゃんと小屋へ駆け戻りました。


「セレスさん!」

「ルチア、ごめん。でも俺は大丈夫。さぁ、ジョットさんが待ってるよ」


 そう告げるセレスさんの頭にはーーファンガスの姿はありませんでした。

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