ルチア、ワガママを言う
ロミーナさんが寝静まったのを確認したわたしは、そっとベッドを抜け出しました。
難関は入り口のドア。セレスさんに気づかれないようにしなくてはいけません。
そうっとそうっとドアを開くと、外は思っていたより明るいようでした。さすがは満月といったところでしょうか。足元に落ちる影が濃いです。
音がしないよう細心の注意を払ってドアを閉めると、わたしはセレスさんがいる納屋の方を伺います。音がしないところを見ると、寝ている……のでしょうか?
ほんの少しほっとして胸をなでおろしつつも、警戒は解かずにそっと足音を殺して家を後にします。
村は夜に沈んでいました。灯りがともっている家はひとつもなく、皆さん寝静まっているようでした。実際、わたしも眠いです。
わたしはため息をひとつつくと、月を見上げました。皓皓と光を放つ青白い月は、あたりをその色に染めています。
さぁ、セレスさんに気づかれないうちにジョットさんのいる場所をさがさないとですね。
村を歩き回っていると、一軒だけほのかな灯りが漏れている家を発見しました。小さなその家は、家というより小屋……しかも相当廃屋間近といった様子です。
「もしかして……」
わたしはそっと小屋へ近寄りました。ロミーナさんのお家の納屋と同じく窓はありませんが、隙間だらけのその小屋は簡単に中の様子を窺えそうです。
隙間から中をのぞくと、初老の男性がひとり背中を丸めて座り込んでいました。その頭には黒い大きなキノコが、生き生きと笠を広げています。背中を向けているので顔は見えませんが、間違いなくあの人がジョットさんでしょう。
わたしはジョットさんに声をかけようと口を開きかけ--
「!」
その口を塞いだのは、硬い男の人の掌でした。
びっくりしてその手の持ち主を振り返ったわたしは、真っ青になります。
「で、君はこんな夜半にこんなところでなにをしてるわけ? ルチア」
平坦なその声は怒りを孕んでいるような気もします。いえ、怒られるようなことをしているわたしが悪いんですが。
「俺の目が離れるときに行動しそうだなと思ってたらその通りだしね。大方ファンガス退治に来たんだろ、君」
背中を冷たい汗が伝います。どうしましょう、全部バレバレだったみたいです。さすがは騎士団隊長といいますか、なんといいますか。
「帰るよ」
「……いやですっ」
そのまま連れ帰られそうだったので、わたしは口を塞ぐ手を毟るようにして外すと反対の意を唱えました。このままなにもせずに帰るわけにはいきません!
「……誰だ?」
掠れたような誰何の声がしました。セレスさんの顔が嫌そうに歪みます。
「誰かいるんなら帰りな。ここに来ても危険なだけだ」
「そうですね」
「ダメですってば!」
「ルチア!」
「……村のもんじゃねえのか? 誰だ? 出て来い」
誰何の声に警戒の色が滲むと、セレスさんは苦い表情を隠さないまま、渋々といった様子で小屋のドアを開けました。
「夜更けに申し訳ない。旅の者です」
「なんだ? 珍しいな、客人とは。あんたたち、おれは見ての通り魔物に取りつかれとる。村に害をなしに来たんでないんなら早く立ち去れ。そうでないなら、おれの道連れにしてやるよ」
ジョットさんはダリオさんより年上のように見えます。疲労の色が濃いのは魔物に生気を吸い取られているせいでしょうか。白髪の多い頭の上の黒々としたファンガスがなんだか重そうです。
「……おじいちゃん?」
そしてその膝に小さな頭を寄せて横たわっている少女が、寝ぼけ眼でジョットさんを仰ぎ見ています。彼女がダリアちゃんなんでしょう。
ジョットさんはダリアちゃんの肩から落ちかけた毛布を引き上げてあげると、優しい手つきでぽんぽんとその背中を叩きますが、わたしたちを見つけたダリアちゃんは再度寝入ることはせずに、目を擦りつつも身体を起こしてしまいました。
「お姉ちゃんたち、だぁれ?」
「ごめんなさい、起こしてしまいましたね。ダリアちゃんですよね? わたしはルチアって言います」
「ルチアちゃん、村の人じゃないね。お客さま?」
「そういやあんたたち、客にしてもこんな時間に村の中をふらついてるなんて怪しいな。なにが目的だ」
不思議そうに茶色い瞳を見開くダリアちゃんを膝に乗せつつ、ジョットさんも同じ色の瞳でこちらをねめつけてきました。
「あの、わたし魔法を……」
「ルチア。ジョットさんでしたよね、我々のことは気になさらないでください」
「お嬢さん、なにをしにきたんだ」
取り繕うとしたセレスさんには目もくれず、ジョットさんはわたしの目をまっすぐ見つめてきます。
「ルチア」
「ごめんなさい、セレスさん。わたし、どうしても見過ごせません。お願いです、試させてください。ダリアちゃんにわたしと同じ思いをさせたくないんです。ワガママだってわかってます。でも、どうしても見ないフリして素通りなんてできないんです!」




