ルチア、ドキドキする
お昼頃になると、フラビアさんは宣言通り食事をロミーナさんのところへ届けてくれました。
「セレスティーノさん! 持ってきましたぁ!」
……持ってきたのはレッラさんでしたが。
「レッラ、あんたが来たのかい」
「そうよ。ロミーナばあちゃん、ここに置けばいい? あ、このスープ、あたしが作ったんですぅ。お口に合えばいいんですけどぉ……ソラマメのポタージュ、お好きですか??」
「ええ、好きですよ」
「はぁ~、かっこいぃい~~。あのあのっ、今お注ぎしますねっ!」
レッラさんの目はセレスさんしか見ていません。
セレスさんの隣にはわたしもいるんですが、まったくと言っていいほど視線が来ません。ロミーナさんも同様です。
「そこまでしていただかなくて結構ですよ。わざわざありがとうございます」
「あの、お母さんがセレスティーノさんにお話聞いて来いって。いろいろ聞かせてくださぁい。さ、ここ座って!」
まるで自分の家のようにレッラさんは椅子を勧めると、その隣にすとんと腰かけます。
「話って……ボッカルドの?」
「え? ああ、そうです! でも、セレスティーノさん自身のお話も聞きたいですぅ」
「俺の話なんて聞いても面白くないですよ。ボッカルドについても、さっき話した以外では、ハーシュで騎士をしてるくらいです」
「セレスティーノさんはどの街から来たんですか?」
レッラさんはセレスさんが気になって仕方ないんですね。既婚者という触れ込みでも尻込みせずにいる姿勢は、わたしには真似できません。
椅子には腰かけず立ったままのセレスさんの腕に手をかけて、その顔を覗き込んでいるレッラさんに圧倒されていたわたしは、今やただの傍観者になっていました。
「ル、ルチア!」
そう、セレスさんに呼ばれるまでは。
まずいです。仲のいい夫婦はこんなとき旦那様を放置したりしませんよね? 少なくともわたしの知り合いの夫婦はしていませんでした。
「セレスっ……その、わたし……」
呼びかけたものの、割って入る勇気が持てません。レッラさんの刺すような鋭い視線が怖いです。
「さて、もう昼かね。レッラは帰るんだろ?」
助け船を出してくれたのはロミーナさんでした。
なんでもないようにさらりとレッラさんの帰宅を促したロミーナさんでしたが、セレスさんの釘付けになっているレッラさんはそれには気づかないふりをしてにっこりと微笑みます。
「ロミーナばあちゃん、あたしもここでお昼をいただいていくわ。いいでしょ? セレスティーノさんたちはこの村全体のお客さんよ!」
「こん人には新婚の奥さんがいることを忘れちゃいけんよ、レッラ。あんたのやってることは奥さんをないがしろにしてる。そんなんじゃいい奥さんにはなれないよ」
ロミーナさんの指摘に、さすがのレッラさんは言葉に詰まったようでした。
「だって!」
「だってじゃないよ、レッラ。お客さんというなら失礼な言動はするんじゃないよ」
さらに畳みかけたロミーナさんに、レッラさんは気分を害したようです。きゅっと唇を軽く噛むと、眦を吊り上げてわたしを睨みつけました。
「なんでこんなブスにこんないい男なのよ! こんな地味で冴えない女に、セレスティーノさんはもったいないわ!」
指を突き付け激高したレッラさんの言葉に誰よりも早く反応したのは、ほかでもないセレスさんでした。
「レッラさん。俺はまぁ温厚な方だと思っていますが、さすがに最愛の人を虚仮にされて黙っているほどお人よしでもありません。ルチアはかけがえのない、俺の大事な人です。他の人じゃダメなんです」
「…………っ!」
わたしは一瞬で真っ赤になりました。頬が燃えるように熱いのが、触れなくてもわかります。きっと、耳まで赤いです。
え、演技だとはわかってはいるんですが……その、このセリフは……心臓に悪いです。まるで、本当にわたし自身が好きだって言ってもらっているようで。
「なっ!」
「ルチア以外はいりませんよ。まぁ、俺はそんなんなんで、他をあたってください」
セレスさんは見たこともないような冷たい笑顔を、その整った顔に浮かべました。酷薄とでもいうのでしょうか、整っているだけに迫力があって怖い笑顔です。
「ほら、いったんおかえり、レッラ。食事はありがとうよ」
「あ……」
そのまま、レッラさんはロミーナさんに追い立てられるようにして去っていきました。
正直、ちょっとホッとしたのは……ナイショです。