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ルチア、ダリオの家を訪ねる

「まぁ、まずは腹ごしらえでもせんかね。たいしたもんはないが、アタシは腹が減っとる。あんたらも付き合いな」

「よければお手伝いします」

「そうかね、それなら遠慮なく働いてもらうよ。そのカブを剥いとくれ。アタシはポリッジを作るから」


 打ち合わせが終わると、ロミーナさんは台所に向かいました。2人も入ればいっぱいになってしまうような小さな台所は、どこかお母さんと暮らしていたお家を思い起こさせるもので、なんだか胸がいっぱいになります。


「おや、ずいぶん手際がいいね」

「実家にいたころは毎日やっていたので……」

「そうかい、親御さんの躾がいいんだろうね。こんな嫁さんもらえたら、隊長様も嬉しいだろうよ」


 お母さんを褒められて泣きそうになりましたが、セレスさんの話題を出されたので泣かずに済みました。

 セレスさんの奥さん……それはわたしじゃないです。わたしはあくまでも演技をするだけなので、料理を振舞ったりとかしませ……いえ、それはしてましたけど。でも、それはあくまでも旅の途中で野宿をしたためであって、セレスさんのためだけとか、そういうことではありません。


「セレスさんにはきっとお似合いの奥様ができますよ」

「つれない言葉だね。子どもは正直なのが一番だよ。ひねくれるのはアタシみたいなばあさんになってからでいいさ」


 どうも、ロミーナさんにはわたしの気持ちは見透かされているようでした。


「……だって、お相手がいる人に想いを寄せても、どうにもなりません」


 セレスさんが近くにいないことを確認して、わたしはロミーナさんに小さくこぼしました。


「そうかね。まだ嬢ちゃんは若いから見えてないものもあるんだろよ。もしくは、怖くて見たくないと目をそらしてるか」


 目をそらしている?

 わたしは包丁を手にしたまま、ロミーナさんを見つめました。


「誰だって傷つくのは怖いさ。いくつになってもね。だから見て見ぬふりをして自分を守りたがる。だがね、行動しないと手に入らないものも、たしかにあるんだよ。待ってたって幸運は向こうからはやってきてはくれないのさ。どうしてもほしいなら、動かないとダメだよ」


 隊長様にも言えるけどね、と笑ってロミーナさんはお鍋を掻き混ぜました。


 ※ ※ ※ ※ ※


 ダリオさんのお家は、ロミーナさんの家から少し離れたところにありました。


「邪魔するよ」


 遠慮なくドアを開けるロミーナさんに続いてセレスさんが、その背後におろおろとしたわたしが続きます。


「ロミーナばあさんか。こんな朝からどうし……どうしたんだ、その男は! もしやレッラのために……!」


 訪ねた家の中には、中年男性とおばあさんが話し込んでいました。ひとり暮らしだというロミーナさんのお家より、ずっと大きな家です。

 中にいた男性は、ロミーナさんと一緒にいたセレスさんに目を留めると、一瞬にして顔を輝かせました。


「残念だけど、ダリオ。こん人は既婚者だよ。新婚のわっかい嫁さん連れとるわ」


 ロミーナさんの言葉に、ダリオさんはあからさまにがっかりした顔をしました。


「ロミーナ、どうしたんだい? そん人たちはだれかね?」

「イルマ、こん人たちは旅人だよ。今朝水汲みに出たときに会ったんだ。それより、あんたんとこ、地図あったかね? ちょっくら写させてほしいんだけども」

「地図……地図ねぇ。ダリオ、お前持ってたよね。見せておやり」


 ダリオさんと一緒にいたおばあさんは、機嫌よく頷いてくれました。よかった、地図、あるんですね!


「お前、旅人のくせに地図も持ってないのか」

「すみません、魔物に追われて川に落ちてしまって、荷物全部流されてしまったんですよ」

「なっさけねぇなぁ!」

「面目ありません」


 ダリオさんはしぶしぶといった様子でしたが、地図を書き写させてくれるようでした。暖炉の飾り棚の脇にかけてあったカバンから地図を出すと、無造作にセレスさんへ手渡します。


「紙なんかはあるのかよ?」

「出しておやりよ、ダリオ。困ってる人には親切にするもんだ」


 イルマさんの言葉に、ダリオさんは続けて紙とペンも貸してくれました。


「まぁまぁ、可愛らしい奥さんだこと」

「新婚だってさ。寡婦のアタシらからしたら熱くって直視できやしないね」

「ロミーナはまたそういう憎まれ口をきく。あたしらだってこういう時期はあったろ?」

「違いないね!」


 ロミーナさんとイルマさんは仲良しのようでした。セレスさんの奥さん役ということで邪険にされるかと覚悟を決めていたわたしは、和やかなその雰囲気にちょっと拍子抜けしました。


「だが、えらい男前さんだねぇ。レッラにもこういうよさげな男衆が来てくれるといいんだけど……ねぇちょっとあんたさん、心当たりはないかい? うちの孫娘、なかなか美人なんだけどね、こんな辺鄙な土地には若い男がいなくてねぇ。山を越えるにも魔物が怖いしで、なかなか送り出せないんだよ」

「ハーシュに1人、独身の男の知人がいますが……」


 イルマさんに訊かれたセレスさんはそう答えました。他国にもお知り合いがいるとか、さすがですね。


「ただ、その男はバチスの騎士なので、ここに婿入りするのは難しいと思います。いいやつなんですけどね」

「騎士様とお知り合いかい!」

「えぇ……まぁ。母がいるのが王都なので、そのときに知り合ったといいますか……」


 そういえば病気のお母さんに会いに王都ハーシュへ行くという設定でした。忘れないようにしないと、どこでボロを出してしまうかわかりません。


「これからハーシュへ行くので、会えたら話してみますよ」

「本当かい!」


 イルマさんはセレスさんの言葉に飛び上がるようにして喜びました。

 ですが、苦々しい顔でダリオさんが待ったをかけます。


「ちょっとおふくろ、オレはレッラを手放す気はないぞ。王都になんて嫁には出さん!」

「ダリオ、でも騎士様の奥方様なんて、望んでもない良縁だろう?」

「そりゃそうだけどよぉ。こっからハーシュなんて遠いじゃねぇか。魔物もいるし、婿に来てもらえないとなると簡単には会えなくなるんだぞ?」

「だけど、あんただってフラビアをもらうとき、セティへ引っ越しちまっただろう?」

「だが、こうやって戻ってきただろう!」


 困りました、親子喧嘩が始まってしまったようです。

 ハラハラしながらイルマさんとダリオさんのやり取りを見守っていると、玄関のドアが開きました。

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