ルチア、失恋する
ロミーナさんの描いてくれた地図によると、シェレゾ村はシュノー山からもっと西にあるようでした。バンフィールド王国よりも、反対の隣国ダル・カントに近い感じでしょうか。
「シュノー山を越えた先の街を目当てに行きますか? ここからどれくらい離れているんですか?」
「シュノーは徒歩で1週間かそこらかね。若いもんが歩くならもう少し早いかもしれんね。それで、その先っていうと、ラタイの村かい? それともメヒド?」
訊くと、幸いなことにシュノー山はそこまで離れてはいないようです。
「山越えをしたとして、どちらの村へ行くか……」
ラタイとメヒドは、山を越えた先で東西に分かれた感じです。たしかにどちらへ進むか悩みますよね。
「ロミーナ殿、どちらの村がハーシュへは近いですか?」
「さてねぇ。アタシは王都なんざ行かんからねぇ。どちらも同じくらいじゃないかね?」
「この村に地図を持っていらっしゃる方は?」
「聞いたことないね。可能性があるのは、さっき言った娘のいる家だね。まぁ、持っていたとしても最新のものではないだろうが」
ロミーナさんの返答に、セレスさんは沈黙してしまいました。
「旅をするなら地図は欲しいが……せめてコンパスでも」
「コンパスもその家だね。あそこは息子が行商してるから持ってるはずだよ。他の家はこの村から出んからね、なんも持っとらんはずさ」
つまり、この村から出て皆さんのところに戻るには、その問題のお家に行かないと難しいということですね。
「ダリオんとこ行くなら覚悟して行くんだね。隊長様が一晩頑張れば貸してくれるんじゃないかね」
「無理です! 俺は好きな人じゃないとそういうことはしたくないっていうか」
「あはは! あんたは思ったより純情だね! そのツラならよりどりみどりだろうに。レッラは嫁さんに似て垢抜けた美人だよ。軽く頑張るくらい、男ならご褒美だろうに、残念な男だね!」
「勘弁してください……」
セレスさんは完全に頭を抱えてしまいました。その様子を見て、ロミーナさんはケラケラと楽しそうな笑い声をあげます。
「嬢ちゃん、こうなったらあんたも頑張ってやんな。不憫だしねぇ、隊長様も」
「はい、でもなにをすれば……」
「そりゃ入る隙もない新婚夫婦を演じてやればいいのさ。聖女云々は逆に食いつかれるから、効果は抜群でも隠しておいたほうが無難だろうね。ひひ、そんな情けないツラしなさんな。好きな男のためなら一肌くらい脱げるだろ」
「好っ……!」
ロミーナさんの指摘に、カッと頭に血が上りました。
好きな人って……待って、セレスさんにバレちゃマズイです! セレスさん、きっと困っちゃいます!
「あのっ、わたし!」
「なんだい、違うのかい」
ロミーナさんは愉快そうに笑いますが、わたし失恋したばっかりなんです! お願いです、お手柔らかにお願いします!
「ちが、違います……」
「ルチア」
蚊の鳴くような声で否定すると、セレスさんが真剣な面持ちでこちらを見ました。
「俺とそういう風にみられるのは、そんなに嫌?」
「いえっ、嫌とかそういうわけじゃなくて……その、あのですね、恋人さんに申し訳ないっていうか、あの、あ、でもこのままだと結婚されられちゃうかもなんですよね。わたしが防波堤になった方がいいんですよね……」
「…………ロミーナ殿。その案で行かせてください。俺たちは早く戻らなくちゃいけないんで、手段を選んでいる暇がありません」
「まぁ頑張りなよ。男は頑張ってナンボだよ。フられたらそれはそのときさ」
「現時点でフられそうなんで、頑張ります」
そういうと、セレスさんはロミーナさんと詳細を詰めていきました。わたしは、そんなセレスさんを複雑な気持ちで見ることしかできません。
フられそうでも、その恋人のために頑張るんですね……。
胸がギリギリと音を立てて軋みます。すごく痛いです。胃がキリキリします。
ダメです、考えちゃ。わたしが今やるべきことはマリアさんのところに戻ること。セレスさんのことは考えちゃダメです。1日も早く戻って、無事な姿をマリアさんに見せなくては。
「マリアさんのためにも頑張ります」
「あ……うん、聖女様のため、ね。うん、わかってた……そうくるよね、君は」
※ ※ ※ ※ ※
ロミーナさんとセレスさんが考えた設定はこうでした。
わたしとセレスさんは新婚夫婦で、セレスさんのお母さんが危篤ということで危険をおして旅に出たものの、途中で魔物に遭って這う這うの体で逃げ出して、その途中で川に転落し、ロミーナさんに助けられたそうです。
お母さんに会うために急いでハーシュへ行かなくてはいけないので、至急そのダリオさんのお家に地図を写させてもらえないか訊きに行くという体を取るそうです。
「あんたが着てた服じゃ嬢ちゃんとの兼ね合いが取れないからね。うちのじいさんが昔着てた服で悪いが着ておくれよ。元の服はボロボロだったってことにすりゃいいだろ。ほら、嬢ちゃんもアタシの服に着替えな。こんなばあさんの服だがね」
ロミーナさんはタンスから何枚か服を出してくると、わたしとセレスさんに向かって放り投げました。
「なにからなにまですみません」
「なぁに、天晶樹を浄化してくれるってんなら安いもんだわな。魔物がいなくなりゃ、アタシたちの生活も変わるしね」
最初に会ったのがロミーナさんでよかったです。
わたしはその出会いに感謝しながらロミーナさんの服に袖を通しました。
あとは……演技を頑張るだけですね。つらいですけど、やらなくては。