ルチア、セレスに翻弄される
好きな人に抱きしめられて浮かれない女の子なんていません。
わたしだってそうです。思わず勘違いしそうになって……思いとどまります。
そうですよ、前もこんな風に舞い上がって、がっかりしたんですよ。勘違いしちゃいけません。
セレスさんはわたしが天涯孤独なことを知っています。きっとそれで気を回してくれたんですよね。そう、きっとそうです。
勘違いして恥ずかしい思いをしたくなかったわたしは、湧き上がる感情を押し留めました。
「大丈夫です、わたし強いんですよ」
「ルチア、たしかに君はしなやかで強い。君の強さに俺や聖女様はすごく助けられた。皆、君の強さに頼ってた。でも、君はまだ16だ。まわりに頼っていいし、俺は君に頼られたい」
もう、どうしてセレスさんはこう、わたしの弱いところばかり攻めてくるんでしょう。
ダメです。もう、頼っちゃったら1人で立てなくなっちゃうじゃないですか。
「……行きましょう、セレスさん。わたし、貧乏なら慣れてるんです。お金がないなら稼げばいいじゃないですか。人がいたらお仕事がないか訊いてみましょう。ね?」
「ルチア……」
そう、貧乏生活ならどんとこいですよ! 任せてください!
「ハサウェスで薬師のおばあちゃんに薬草のこと教わったんです。自分で採って調合できれば、少しでもお母さんのためになるよって、特別に教えてもらったんですよ。薬草なら、どこでも売れると思います。だから、早くマリアさんのところに帰りましょう。きっと心配してます」
「そうだね、あの状態で1人残してきてしまったし、早く戻らないとだね。俺、護衛失格だなぁ」
セレスさんはわたしの肩に頭を乗せると、ため息をつきました。
「……うん、どうにかなる。どうにかしよう! 行こう、ルチア」
「はい!」
わたしたちは煙の元へ行くために歩き始めました。
セレスさんが離れたのが少しだけ名残惜しかったけれど、今はそんなことをしている場合じゃありません。
マリアさん、今戻りますからね!
明けていく空を見つめ、わたしは深呼吸をしました。
シロ、どうかマリアさんに寄り添ってあげていてくださいね。彼女が泣かないように、側で守っていてあげてくださいね。
※ ※ ※ ※ ※
そこは小さな村でした。集落といった方がいいでしょうか。十軒あるかなしかの家々は身を寄せ合うようにして森の中にたたずんでいます。
「なんじゃ、おぬしら」
水桶を持ったおばあさんが、わたしたちに気づいて怪訝そうに声をかけてきました。
「すみません、旅の者なんですが」
「軽装すぎてそうは見えんがな。おぬしらどこから来た。なにもんじゃ」
おばあさんはじろじろとわたしとセレスさんの格好を見ます。うーん、たしかに不審ですよね、荷物もないし。手ぶらでものすごく軽装の2人連れ。はい、不審者以外のなにものでもないと思います。
「バンフィールド王国からバチスの王都ハーシュを目指していたんですが、途中で崖が崩れて増水した川に転落したんです。俺が風魔法を少しだけ使えるので服なんかは乾かせたんですけど、荷物やなんかは全部流されてしまって」
「そうかい? 王都になにしに行くんさ?」
「知人に会いに。ボッカルドって男なんですけどね」
どうやら聖女様の同行者だということは隠すようです。どうしてなんでしょう? 後で訊いてみましょう。
おばあさんは半信半疑なのか、水桶を地面に置くと、ゆっくりとした足取りでわたしたちの目の前までやって来ました。上から下までじっくりと観察されて、なんだか居心地が悪いです。
「ほぉ~。で、そっちの嬢ちゃんもかい? 似とらんが兄妹かね?」
「いえ」
「兄さん……人買いかい? 綺麗な顔しておっかないね」
セレスさんが人買いに間違われちゃいました!
わたしが誤解を解こうと口を開きかけると、セレスさんに制されます。これはお任せした方がいいっていうことでしょうか?
セレスさんはわたしの肩を抱くとにっこり笑います。
「妻です」
「!?」
予想外の発言にぎょっとセレスさんを見てしまいました。
「嬢ちゃんの方はそう思ってなさそうじゃが?」
う、意思疎通ができてないことがバレてます!
「駆け落ちなんですよね。なので妻の方には遠慮があるというか」
「あーそうかい。大方身分差かなにかで反対されたんだろ。あんたの方はだいぶいいもん着てるようだしね。妻っていうなら服ぐらいまともなもん着せてやんな」
「そのつもりだったんですが、夜半彼女をさらって逃げてきたんで、まだそのときの服のままなんですよ」
セレスさん、言い訳が……苦しいです。普通に正直に話した方が納得してもらえるんじゃないでしょうか。
第一、妻って! そんな設定必要ないように思います! 腹違いの兄妹とかでもいいじゃないですか!
「まぁいいさね。顔色も悪いし、あったかいお茶くらい淹れてやるよ。よしんばあんたが悪い奴だとしても、アタシんとこは盗られるようなものもないし、老い先短いこの命がなくなっても、死んだ亭主んとこに行けると思えば問題ないしね」
そう言うおばあさんは、たしかに髪が肩より短く切られています。
バンフィールド王国の女性は、死出の旅に使う旅費に換えるために、死者や未亡人は髪を短く切るというしきたりがあるんですが、バチス公国も同じなんでしょうか? 言葉は世界共通だということは聞いたことがありますが、こういう細かな文化も同じだったら面白いです。
「ありがとうございます。荷物は俺が持ちますよ」
「ありがとうございます、助かります!」
「ついでに井戸から水を汲んでおくれな。男だろ、力ありあまってるんなら、か弱い老人を手助けせんかね」
「もちろん。井戸はどこですか?」
寛大なおばあさんに出会えた幸運に感謝しながら、わたしはおばあさんの後をついていきました。