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【挿話】セレスティーノ、出会いを語る

 俺が彼女と出会ったのは、ほんの偶然だった。


 隣国アクイラーニで竜が暴れている。バンフィールド騎士団にその一報が入ったのは今から1年前。

 アクイラーニは特に小さな国だ。竜は国の半分を蹂躙し、アクイラーニの騎士団は瓦解。どうにもならなくなったところで我がバンフィールド王国とその騎士団に助力の依頼があったのだ。


 宗主国たる自覚のある陛下は、すぐさま団長に命じ、討伐隊を組ませた。

 普段なら俺のまとめる第3隊と、バルダート隊長の率いる第4隊のみで魔物討伐は行うが、このときは相手が暴竜とのこともあり、王都の保安警備を管轄している第5隊も討伐隊に組み入れられることになった。

 また騎士団だけでなく、魔法使いを育成・研究する施設であるアカデミアからも魔法使団が組まれ、討伐隊に加わった。

 我が国が誇る精鋭部隊だ。負けるはずはないと、誰もが思っていた。


 陛下の指示で団長は同行せず、副団長が討伐隊を指揮し、アクイラーニへ向かったのだが……やはり竜は他の魔物とは勝手が違った。


 桁違いに強い力に、まず第5隊が崩れた。

 続いて魔法使団。力のある魔法使いとはいえ、魔力が途絶えがちになったところに尾の一撃を喰らい、呆気なく倒れた。

 残った我々、通称“なんでも屋”が、ベルタッジア副団長の下戦ったのだが……手負いの竜の最後の炎を喰らい、第4隊のバルダート隊長、並びにベルタッジア副団長が斃れた。俺が死ななかったのは単に運の問題だった。


 そんな痛手を受けつつ、這々の体で竜にトドメを刺したのだが、戦いが終わった後も、我々は動けなかった。

 第5隊は全滅。

 魔法使団も壊滅。

 ベルタッジア副団長、バルダート第4隊隊長の殉職。

 我々第3隊、第4隊だって無傷ではない。配下の兵士隊を含め、多数の死傷者を出した。


 最強の騎士団と噂されても、この有様だ。

 竜の血で蒼く染まった隊服のまま、無言で帰国の途についた俺たちは、竜の恐ろしさと自分たちの力不足に、ただただ打ちひしがれていた。


 国境を越え、いくつかの村を抜けた先だった。

 ハサウェスという街の近くで、力なく野営の準備をしていた俺たちは、薬草の束を抱えた彼女と出会った。


「どうしたんですか?」


 疲れ切った俺たちに怯えることなく、彼女--ルチアは尋ねた。


「大丈夫ですか? あの、よければ服だけでも綺麗にしますよ? あ、この薬草、疲労回復に効くお茶になるんです。お分けしましょうか?」


 最初はなにを言っているのかと思った。服? たしかに不自然に蒼く染まった隊服は目立つが、これは洗濯で落ちるものではない。毎度魔物の体液で汚してくるたびに処分する羽目になり、団の予算を握るカナリス副官に怒られるのだ。


「いや……これは洗濯では落ちない」

「大丈夫ですよ、見ててくださいね。《シャボン》!」


 笑顔を浮かべると、ルチアは魔法を使った。

 途端に湧き上がるシャボン玉に驚いていると、どうだろう、気づけば蒼く染まった隊服は、元の灰色に戻っていた。

 それとともに、あの心の中に燻っていた絶望感が消えていることに気づく。これもこの魔法の影響なのか?

 わからない。わからないけれど、さっきまで重くのしかかっていた気持ちは、今やまったく見当たらなかった。


 なんだ? この魔法は。まったく見たことも聞いたこともない魔法だ。しかも、普通なら魔法を使うには、天晶樹と力を繋ぐための媒介として水晶が必要となるのだが、見たところ彼女は水晶を持っている様子はない。

 なにもかもが不可解だった。


「どうでしょう?」


 可愛らしく首をかしげるルチアに、ハッと我に返る。


「あ、ああ……」


 もし服だけでなく気持ちも一掃されるなら。そう思い、俺は彼女に他の奴らにも魔法をかけてくれるよう頼み込んだ。あの絶望感が消えるなら、地に伏してでも頼み込む必要がある。


 俺たちは騎士団だ。人々を守る俺たちは、いつまでも折れた心のままではいられない。トラウマを抱え、勝てないかもしれないと思ったまま魔物に立ち向かうのは、刃のない剣で斬りかかるのと同じだ。


 そんな俺の申し出を快く承諾してくれたルチアは、次々と隊員に魔法をかけていってくれた。消えゆく蒼とともに、皆の顔に赤みが、表情が戻ってくる。やはり気持ちがすっきりするのは間違いないようだ。


「ありがとう……君のおかげで、救われた」

「よかった! これ、少ないですけど、どうぞ。足りなければもう少し先に行ったところに群生してますので、摘んでくださいね。では、わたしもう戻らなきゃいけないので、これで失礼しますね。ご武運を、騎士様!」


 少し疲れた様子を見せたものの、変わらぬ笑顔でルチアは俺の手に薬草の束を一掴み渡すと、残りの薬草を抱え、去っていった。


 シャボン玉の聖女。あのとき生き残ってルチアの魔法をかけられた面子は、彼女をそう呼んだ。

 聖女と崇めたい気持ちと、シャボン玉のインパクトが合わさってできた珍妙な呼び名だが、そのちぐはぐさが彼女らしいとも思う。

 平凡とも言える姿に秘められた、非凡な力。

 彼女は一体誰なのか。名前が知りたいと思ったときには、すでに彼女の姿はなかった。


 ルチアと再会するには、それから1年の時を要した。


 帰還した俺たちは、“竜殺しの英雄”ともてはやされた。

 言われる側はたまったものではない。たしかに竜は倒したが、そのために払った犠牲は多大なるものだ。

 しかし、俺たちをもてはやすことで人々の心が明るくなるなら、と黙って受け入れる。

 戦勝の宴は、祝われる俺たちにとっては苦いものだったが、ルチアが洗い流してくれたおかげか、苦いだけですんだ。


 宴が終わるとともに、騎士団の再編成が行われた。

 空位となった副団長、第4隊隊長、第5隊隊長の選定。

 加えて第5隊は隊そのものを新規で作り上げなければならない。兵士隊から繰り上げて騎士団へ編入させる隊員の選定、訓練、装備の補充。そして減った分だけ兵士隊も募集をかけなければいけないのだ。

 それらには結構な時間がかかった。


 すべてが終わり、さらに何ヶ月かが過ぎたある日。


 人気のない裏庭でぼんやりしていた俺は、洗濯物を追いかけて走ってきたルチアと再会する。

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