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ルチア、マリアを追う

「マリアさんっっ!」

「聖女様!」


 殿下の発言を耳にしたマリアさんは、身を翻して走り出しました。


「マリア!?」

「え、聖女様!?」


 殿下と団長様も、わたしたちの声でマリアさんの存在に気づかれたようでした。

 ですが、今は殿下たちに関わっているときではありません。わたしはマリアさんを追って走り出しました。セレスさんも同じように走り出します。


「マリアさん、待って、マリアさん!」


 殿下がなにを思ってあんなことをおっしゃったかなんてどうでもいいです。

 意図がどうであれ、あんなことを聞かされたマリアさんが傷つかないわけがなくて、わたしにはそちらの方が重要でした。

 だって、大事なお友達なんです。


「聖女様、お待ちください!」

「いや、離してよっ!」


 わたしより断然足の速いセレスさんがマリアさんに追いつきました。腕をつかんで引き留めようとしましたが、力を入れてつかむのをためらったのでしょう、勢いよく振りほどかれます。


「マリアさん!」

「なんなの、あんたたちなんなのよっ! 触んないで、皆勝手すぎる!」


 マリアさんは泣いていました。

 わたしはセレスさんを押しのけるようにしてマリアさんに駆け寄ります。手を出しあぐねたのか、わたしに任せようとしたのか、セレスさんは一歩引きました。


「勝手に連れてきておいて、あたしが役に立とうと頑張り始めたのを見計らっていらないとか言い出すとか、意味わかんない! じゃあなんで連れてきたの!? あたしはなんなのよ!」

「マリアさん、マリアさんはいらなくなんてないです!」

「だってそう言ってたでしょ!? あんただって聞いてたじゃない! 使えないあたしはいらなくて、あんたにするって! ひどい、ひどいよ!!」

「なにかの間違いでは……」

「そんなわけないじゃん! セレスだって聞いてたんでしょ! おためごかしなんていらない。エドはあたしなんかいらないって、ルチアにするってそう言ってた!」


 顔をゆがませてマリアさんは笑いました。


「あたしは棄てられて、あんたは取り上げられる。あんたたちの王子様が選んだのはそういうことなんでしょ! みじめだって笑いなさいよ! ううん、あんたも笑えないわよねぇ。ざまぁみろだわ! あたしと一緒に不幸になんなさいよ!」

「聖女様っ」

「ばっかみたい、なによあれ、ばっかみたい!! 皆嫌いよ。大嫌い! こんな国、来たくて来たとでも思ってんの! ふざけないでよ!」


 セレスさんに感情をぶつけたマリアさんは、ふとしがみつくわたしを見ました。複雑な表情がその美麗な顔に浮かびます。


「あんたが……あんたが……っ」

「マリアさん!」

「なんであんたなの? なんで? あたし……」

「マリアさん、なにかの間違いです。きっと誤解です。なにか理由があったに違いないんです。だってわたしたちが聞いたのはたったあの一言じゃないですか!」

「いやぁ!」


 あの一言と口にした瞬間、わたしはドン!と強い力で突き飛ばされました。


「!!」


 地面にしりもちをついたのと、その地面が崩れるのは、同時でした。


「ルチアッ!!」

「やだああああっ!」


 セレスさんの青ざめた顔と、マリアさんの泣き顔が妙にはっきり見えました。あたりは暗いというのに不思議ですね。


 そうして、内臓が宙に浮くような気持ちの悪い浮遊感を感じつつ、わたしは崖から落ちたのでした。


 ※ ※ ※ ※ ※


「…………ア、……チア」


 遠くで誰かが呼んでいるような声が聞こえます。

 おかあさん? わたしを心配するその声は、耳に優しくて。


「……ルチア……」


 誰でしたっけ。よく知ってる声なんです。

 大好きな人の声。優しくて、耳に心地いい低音のそれは。


「セレス、さ……」

「ルチア!」


 目を開けると、なぜかびしょ濡れのセレスさんの顔が目の前にありました。金色の髪は額に張り付いていて、心なしか顔色が悪いです。


「ルチア、よかった……!」


 わたしと目が合った瞬間、セレスさんは掻き抱くようにわたしを抱きしめました。冷たいと感じて、初めてセレスさんが濡れているのが髪だけでなく、全身であることに気づきました。もちろん、わたしもずぶぬれです。


「え、なんで? ここは……あ! マリアさん!」


 あたりは真っ暗でした。かすかに空が明るんでいるところを見ると、もしかして夜明け……なんでしょうか?


「あのとき、崖が崩れて、君は下に流れていた川に落ちたんだ。慌てて助けようとしたんだけど、雨で増水してて、風魔法で防御するのが精いっぱいだった。魔法が多少使えるといっても、俺は補助的な使い方しかできなくて、浮かせるまではできなくて……」

「ここは?」

「わからない。とにかく君が目覚めなくて怖かった。間に合わなかったのかと思ったよ」


 わたしを抱きしめる腕を緩めないまま、セレスさんは呟きます。こころなしか声が震えている気がして、胸がギュッとしました。


「心配かけてごめんなさい。助けに来てくれてありがとうございます」

「うん……間に合ってよかった」


 セレスさんの温かい体温が嬉しくて、わたしはそっと背中に手を伸ばしました。

 今だけなら、少しだけなら許される気がして。


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