ルチア、雨宿りをする
結局、わたしは水晶を使っても使わなくてもなんの変化もないようでした。
「水晶使えば倒れなくて済むかと思ったんだけどねぇ」
「そうですね……」
「きゅー!」
エリクくんと顔を見合わせていると、シロがパタパタと小さな翼を羽ばたかせてわたしのところへ戻ってきました。
「ああ、そういやシロを抱っこしてたら回復したんだっけ。それも検証してみたいな」
「ぎゅー!」
エリクくんの顔が輝くと、シロが威嚇するような声をあげます。
「イヤみたいですね」
「きゅあっ!」
わたしの言葉に、同意するかのような鳴き声が重なります。
「なんだよ〜、減るもんじゃないし、いいじゃん!」
「減るね、時間は。さあエリク君、もう実験は終わりでいいのかな? 休憩は終わりだよ」
唇を尖らせたエリクくんの頭上から、団長様が顔を出しました。
「団長さんには知的好奇心ってヤツがわかんないの?」
「浄化を果たす方が先かな。研究は旅が終わった後でもできるだろう。まぁ、ルチアさんが協力してくれればだけどね」
「ルチア……」
「シロを研究するのはちょっと抵抗されそうですよ、この様子だと」
「きゅきゅ〜あ!」
「おまえ、ナマイキだなぁ! ちびのくせに……うわ!」
得意げに鳴くシロに顔を寄せたエリクくんの身体が、不意に浮き上がりました。
「ちびっこがちびっこに絡んでるなぁ。おい、さっさと出るぞ。国境は遠いんだ」
「なにすんだ、クマ!」
片腕に抱えたエリクくんを肩に担ぐと、ガイウスさんは暴れるエリクくんを難なく馬に乗せてしまいます。
「嬢ちゃん、さっさと馬車に戻れ。出発すんぞ」
「あ、はい」
「なんでボクだけ実力行使なんだよ!」
「口で言ってもわかんねぇからだ」
「生憎とクマ語はわかんないんだよね!」
「憎まれ口だけは達者だな。おぉ?」
相変わらずの仲の良さで、ガイウスさんはエリクくんを連れて行ってしまいました。
さぁ、わたしも馬車へ戻りましょう!
※ ※ ※ ※ ※
キリエストからバチス公国までは、結構距離がありました。
わたしたちはそこから半月以上の時間をかけて国境にたどり着きましたが、まだまだフォリスターンの天晶樹へは到着しません。
「雨が降ってきたみたいだね」
突然馬車の屋根を激しく雨が叩く音がして、わたしたちは天井を仰ぎました。
「バチス公国は雨が多いんだ。牧草月に入ったからね、こっちはそろそろ雨季に入るんだろう」
「エドの国にも雨季ってあるの?」
「バンフィールド王国は、あまり激しい気候の移り変わりはないね。マリアの国にはあるんだっけ?」
「そうよ。あたしの国だと6月から梅雨に入るわね。もー、毎日雨で鬱陶しいのよね!」
そんな風に話していると、馬車がゆるやかに停まりました。続いてドアがノックされます。
「殿下、雨脚が強まってまいりましたので、この先にあるアドミナ村で休憩を取りたいと思いますが、構いませんか?」
「構わない。フェルナンドのいいようにしろ」
窓を覗くと、たしかに雨脚は相当なものです。わたしたちは馬車なので濡れませんが、きっとセレスさんたちはびしょ濡れになってますよね。
風邪、引かないといいんですが。
「あれがその村?」
マリアさんは窓の外を指差すと、そう訊きました。多分そうだと思いますが、バチス公国のことがわかるのは、この3人の中では殿下だけです。
「そうだね、ちょうど僕らは国境を越えたところにいるから……」
殿下は地図を取り出すと膝の上に広げました。
「キリエストがここだから……うん、今は……ここだね。この近くにあるのはアドミナだけだから、間違いないだろうね」
たしかに国境近くには街はありません。ポツポツと村が点在してはいますが、それも山々に遮られ、行き来は容易ではなさそうですね。
そうこうしているうちに、馬車は村に入っていきます。
先頭を切るレナートさんが、出てきた村人さんに説明をしているようでした。
「殿下、聖女様、こちらへ」
団長様が馬車のドアを開けて、マリアさんたちを連れ出しました。
雨除けにマントをかけていただきましたが、それでも地面を叩く雫に服は濡れていきます。
わたしたちは一軒の家に案内されました。皆さんびしょ濡れなので、手早く“シャボン”をかけて汚れとともに服を乾かしていきます。
「助かったよ」
セレスさんが笑ってくれました。よかったです。役に立てるのは本当に嬉しいです。
「ようこそ、アドミナ村へ。聞けば皆様、聖女様御一行だそうで。私は村長のベリオと申します」
ここへ案内してくれた村人さんが、1人の男性を連れて来ました。
ベリオさんと名乗った男性は、マリアさんに深々とお辞儀をすると、団長様とお話を始めます。
「今日はごゆるりとお休みください」
「ありがたいけど、ゆっくりできないの、あたしたち」
村長さんの言葉を断ると、マリアさんは背筋をスッと伸ばしました。