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ルチア、セレスにいってらっしゃいを言う

「それで、いつ出発されるんですか?」


 そううかがうと、セレスさんはため息まじりに教えてくれました。


「半月後……。これから準備で忙しくなるからここには来られなくなる。すまない」


 しょんぼりすると、カッコいいイケメンさんが、なんだか一転して可愛いイケメンさんに見えます。

 どんな表情をしても、イケメンには変わらないところがセレスさんのすごいところです。なにしてもイケメン。わたしには逆立ちしても無理な話です。


 でもしょんぼりするってことは、セレスさんもこの時間を楽しんでくださっていたということでいいのでしょうか? 楽しみにしていたのは、わたしだけでは……ない?

 だとすると、本当に嬉しいです。本当に本当に嬉しいです。


 だからこそ、会えなくなるのは正直さみしい。だって、毎日この時間をとっても楽しみにしてたんです、わたし。


「どれくらいかかるんでしょう?」

「さあ……聖女様を護衛しながらの浄化の旅だ。一番近い天晶樹までは馬で1週間だけど、馬にも馬車にも乗ったことのない聖女様をお連れするとなると、どうなるかわからなくて……」


 この世界の移動手段は、徒歩か馬、もしくは馬車です。

 魔物が横行するようになったこの100年で、都市間を結ぶ辻馬車はずいぶん減ってしまい、現在民間の辻馬車は途絶えています。

 ですが、代わりに国が辻馬車を運行しているので、本数は少ないですが、商隊の馬車か国の辻馬車で人々は移動します。

 国の辻馬車は、アカデミアの学生さんが作った魔石を使って防御し、さらに兵士隊で警備して運行している辻馬車で、各都市を繋いでいます。わたしがハサウェスから王都アールタッドへ来たときも、国立の辻馬車を使ったものです。

 王族の方や貴族の方などは、護衛を雇ってご自分の馬車を使われるそうですが、わたしたち平民には縁遠いお話です。


 それはさておき、異世界からいらした聖女様は、馬車に乗られたことがないんですね。

 移動が必要な暮らしをされていなかったのでしょうか、はたまた異世界は馬車でなく他の移動手段があるんでしょうか。

 聖女様とお会いする機会などないですが、お会いできたら訊いてみたいです。まあ、平民のわたしが気軽に質問できる方ではありませんけれど。


「明日公知されるから話すけど、旅には王太子殿下も同行されるんだ。だから移動は馬車になるんだけど、そんなに日々距離は稼げない。半年か1年か……結構長いこと王都ここを留守にすると思う」

「そんなにもですか!?」

「うん……早く帰ってきたいけどね、とにかく天晶樹の浄化が重要だから」


 1年……会えないと考えるとずいぶん長く思えますが、天晶樹が浄化されれば魔物の横行もおさまって平和になるはず。それがあと1年そこそこと思うと、それはずいぶん近い未来です。


「ご武運をお祈りしています。セレスさん、いってらっしゃいませ」


 そう言うと、セレスさんは隊服の胸元を叩き、綺麗な笑顔を浮かべて頷きました。


「うん、必ず帰ってくる。そしたらまた、ここで会おう」


 そう、嬉しくて仕方なくなるような約束を残して。


 ※ ※ ※ ※ ※


「おかえり、ルチア」


 午後の1刻になったので洗濯婦の休憩所に戻ると、そこには同僚のキッカさんと、ロッセラさん、ジーナさんジーノさん姉妹がいました。

 キッカさんが第1隊、ロッセラさんが第2隊、ジーナさんジーノさん姉妹が第3第4隊を担当しています。


「あー! ルチアちゃん!」

「朝とリボンが違う!」


 女の子は女子の変化に目敏いです。

 ジーナさんジーノさんは、わたしより4つ年上の双子の姉妹で、わたしが騎士団付き洗濯婦となってから、なにくれともなくお世話をしてくれる、優しくて美人なお姉さんたちです。


「どうしたの、これ?」

「なんかえらく可愛いわ! ルチアちゃんピンク似合うじゃない」


 わたしの背後にまわってリボンを確かめた2人は、そのままわたしの肩に手を置くと、両サイドから顔を近づけてきます。


「で、彼からのプレゼントなの? これ」

「かっ……! いいえ! そんな大それたことを!」


 彼!

 そんな風に言われて、思わず赤面してしまいました。

 いえ、セレスさんは男性なので彼には違いないのですが、わたしの恋人ではないんです! 単なるお昼をご一緒する間柄といいますか!


「ルチアちゃん?」

「ふふふ、お姉さんたちに正直に話してごらん? これ、お昼の彼からよね?」


 わたわたするわたしに、ジーナさんジーノさんは忍び笑います。うう、肩を掴まれているので、逃げるに逃げれません! 可愛いお顔が悪役っぽい笑顔に変わっていますよ、ジーナさんジーノさん!

 そしてその向こう側で、キッカさんロッセラさん年配組も興味津々でこちらを見ています。これは助けてもらえないですね……。


「あの、いただいたのはたしかなんですけどっ、これには訳がっ!」


 それにこのリボンはリリィ・ブリッツィのお店のもので、いつものよりだいぶ上等とはいえ、髪を留めるためのリボンじゃないですよ!

 色々照れちゃうので隠そうと思いましたが、お姉様方にはかないませんでした。


「きゃあ!」

「リリィ・ブリッツィ!?」

「これまたすごいね!」

「……すごい」


 エプロンのポケットから出した缶に、お姉様方は歓声をあげ、キッカさんは目を丸くし、なんと無口なロッセラさんまで驚きの声を聞かせてくれました。リリィ・ブリッツィの人気はすごいですね!


「そんな感じで、その人が処分に困ったものをいただいたんです。このリボンも、リリィ・ブリッツィの包みを結んでいたものです」


 いつものリボンを渡しちゃったから、部屋に帰るまではこの包装用のリボンでいることをお話すると、お姉様方は顔を見合わせました。


「リリィ・ブリッツィのリボン?」

「これが?」


 驚くのも無理はありません。だってこんな凝ったリボンが包装用のリボンとは思えませんもんね!


「これ……普通に売ってるリボン。誕生日に娘に買ってあげた。小銀貨1枚」


 小花を透いたピンクのリボンに触れながら、ロッセラさんが言いました。

 小銀貨1枚あれば立派なお昼ご飯が1食買えます! 夕ご飯だって安いところであれば食べられちゃうような金額です! まさかこのリボンがそんなお値段とは……わたしの銅貨1枚の激安リボンとは大違いです!


「そうそう! リリィ・ブリッツィのリボンは、無地のピンクよ!」

「こんな凝ってるリボン、包装用のリボンに使わないって!」


 そう言われると、そんな気もします。だって相当可愛いし。


「わざわざ、リボン替えたんだろうね……」


 キッカさんがしみじみと呟きました。

 えっ、そんな心のこもった贈り物だったんですか!?

 リボンくらいは返したほうがいいんでしょうか……心配になってきました。


「やめときなよ〜」

「それ、どう見ても女の子用でしょ。その人、リボン使えるほど髪長いの? 違うならその人がルチアちゃんにあげるために用意したんだよ」


 セレスさんの髪は、目や襟足にかかるくらいですが、リボンでくくれるほど長くはありません。

 となると……これはセレスさんが、わたしのために⁇


「ルチアに、よく似合う。その人、ルチアをよく見てる」


 ロッセラさんの言葉がダメ押しになり、わたしはゆでダコより赤くなりました。

 だって! だってですよ! まさかわたしのためにリボン準備してくれるとか思わないじゃないですか! それもこんな可愛いの! どうしよう! 浮かれちゃっていいですかわたし!


 どういう意図で用意してくれたのか、訊いてみたいような、訊くのが怖いような気持ちです。

 でも、ありがとうが言いたくても、次に会えるのは相当先のことです。また会う約束をもらったけれど、それがいつになるかはわからなくて。


「お礼になにか用意したら?」

「騎士団の人だって言ってたよね、どこの隊? 今度のお休み誘って街に行ったら?……って、どうしたのルチアちゃん」


 ジーナさんジーノさんの言葉に、わたしはしょんぼりと首を振ります。


「聖女様の浄化の旅に同行されるんだそうです。だから、しばらく会えません。1年とか」

「えー! この状態で進展できないとか、なにその生殺し!」

「その人もつらいでしょうねぇ。あぁ、それで印つけたのか」


 お礼は、帰ってきたら必ず言いましょう。わたしはそう心に決めました。

 だからセレスさん、絶対帰ってきてくださいね。

小銀貨1枚=千円、銅貨1枚=100円くらいのつもりです。他に銀貨、金貨がありますが、それぞれ1万円、10万円くらいのアバウトな感覚です。

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