ルチア、セレスに励まされる
言い当てられて、息が詰まりました。声が出ません。
「君や聖女様のために、俺が、俺たちができることはある?」
ほのかな月明かりに、セレスさんのお日様色の髪がぼんやり照らされているのを、わたしはただ見つめることしかできません。青い瞳は、今は闇に染まって灰色に見えます。
「本当はもっと早く聖女様の置かれた立場に気付くべきだったんだけど、恥ずかしいね、気付いたのは君が来てからだったんだ。君が来て、聖女様は変わられた。魔法で変わったんじゃなく、君の寄り添う態度で変わったんだ。そして変わった聖女様を見て、ようやくあの方に俺たちがしてしまったことを、あの方に俺たちが突きつけているものがひどく利己的だということを自覚したよ。本当に情けない話だけど」
セレスさんは、マリアさんを想ってか、まぶたを伏せました。
「わたし、もっとよく考えるべきでした」
そんなセレスさんの様子を見ていたら、気づけばそんなことを口にしていました。
一度堰を切った感情は、とまってはくれません。わたしはセレスさんの顔を見ず、自分の爪先を見つめながら言葉を続けました。
「怖がっているマリアさんの代わりを果たせばどうなるか、もっとちゃんと考えるべきだったんです。守るだなんて大きなことを言っておいて、1番傷つけたのがわたしだなんて、あのときは思いつきもしませんでした。けれど、ちゃんと考えればわかるはずだったんです」
怖いなら、手をつないで側にいるのでもよかったかもしれません。
励ましながら、マリアさんが浄化するのを見届けるだけでもよかったかもしれません。
代わりを務めたりしなければ。そう思うけれど、もうしてしまったことは変えられなくて。
でも、今のわたしになにができるのか、それがわからない。謝って許されることでもないし、かといってもう魔法を使うのをやめるかというと、それも許されるような雰囲気ではありません。“シャボン”が天晶樹を浄化できることがわかった今、二手に別れて一気に浄化すると言われても仕方がないのです。
「どうしていいか、わからないんです。もう、魔法を使うのが怖いんです。汚れを落とすしか効果がないって思っていたときは、むしろ人に喜んでもらえると思って使うのをためらったりなんかしませんでした。お城で皆さんを守れたときは、自分にもできることがあるんだと知って、頑張ろうって思いました。でも--人を傷つけることがあるって知ったら、怖くて」
わたしは弱いです。
どうしていいかわからないのに、それをひとりで抱えられず優しいセレスさんに泣きつくなんて、情けなさすぎます。
ごめんなさい、マリアさん。
あなたが必要だと、あなたじゃないとダメなんだと、無理矢理この世界に招んだのに。
あなたじゃなくても浄化ができると、あなたの目の前で見せてしまうなんて。
「マリアさんに、謝っても謝りきれないことをしてしまいました。先にわたしの能力がわかっていれば、マリアさんはすべてを失わずに済みましたし、わたしが浄化をしなければ、居場所を失うこともなかったのに」
頼りにしてもらったって、浮かれて先を考えなかったわたしのせいです。
泣きたい気持ちを押さえ込んでいると、そっとあたたかい腕がわたしを包みました。
「セ……ッ!?」
「ひとりで抱え込んじゃ、ダメだよ」
ふんわりとわたしを抱きしめて、セレスさんは優しく言いました。
「最初にあの方を傷つけたのは、君じゃない。俺たちだ。もっとあの方に寄り添って理解して差し上げるべきだった。そうすれば聖女様がご自分の居場所を見失うこともなかったし、君に代わりを務めさせたりもしなかった」
セレスさんは言葉を途切れさせると、わたしの頭上で深いため息をつきました。
「君に浄化を任せると決めたのは、聖女様でもあるんじゃないか? じゃないと君は率先して手を出したりしないだろうし、聖女様の性格的に、無理に自分の居場所を追われたと思ったら、もっと怒って騒いでいると思う。今まで実際にそうだったしね。そうしないってことは、きっとあの方もわかっていて、今はご自身の中で折り合いをつけようとなさっているんじゃないかな」
推測だけどね、と優しい声でセレスさんは言います。
「聖女様は君を大事な友人として見ているようだし、落ち着かれたらまた笑顔を見せてくれるよ」
「セレスさん……」
「あとさ、提案なんだけれど、この旅が終わったら、聖女様を元の世界に還してさしあげる方法を見つけないかい? あの方が支払った代償や、してくださったことに返せるのは、この国の王妃として生きていく道だけでなく、元の世界に還る方法も一緒にあった方がいいと思うんだ。どちらを選ぶかは聖女様次第だけれど」
セレスさんの提案に、わたしは眼が覚める思いを味わいました。
無理矢理連れて来られたマリアさんに返せること。
もし元の世界へ戻してあげることができたなら、少しは彼女への償いになるのでしょうか?




