ルチア、マリアのことを想う
気がついたらブックマークが1万を超えていました。
読んでくださってる皆様、本当にありがとうございます!
「ルチア、手繋いでて。落ちちゃうかもだから」
「あ……はい!」
請われるがままに手を差し出すと、マリアさんは安心したように笑いました。
「落ちないよう見張っててよね」
「落ちる前に抱えます。わたし、こう見えても力強いんです」
マリアさんは、手をつなぐとぐったりと目を閉じました。
そうして、わたしたちは会話らしい会話もしないまま、黙って目的地に着くのを待つしかなかったのです。
※ ※ ※ ※ ※
わたしが倒れてしまって時間をロスしたせいで、その日は次の街へ着くことができませんでした。
この旅を始めて初めての野営です。
わたしは食事の準備をしようと、馬車の隣で食材の確認をしていました。保存のきく堅焼きパンにパスタ、オートミール、大麦、ソバ粉、小麦粉。薫製肉とドライソーセージ、魚やオリーブの塩漬けの瓶。根菜やドライフルーツやナッツ類。豆類にピクルス。そして貴重なお砂糖に岩塩、バター、チーズ、ラード、オイル、ハーブ、香辛料。
殿下がいらっしゃるからか、豪華な内容です。こんなにたくさんのお肉や、お砂糖、香辛料は初めて見ましたよ!
持ち運ぶだけで大変なので、普通の旅ではこんなに持ち歩きそうもないですが、馬車の後方に設えてある荷物入れのおかげか、たくさん用意しているみたいですね。
というか、外側に荷物入れのある馬車なんて初めて見ました。辻馬車にはこんなものはありませんでしたし、アールタッドでたまに見かける馬車にもありませんでした。便利ですが、変わった形です。
「聖女様、具合悪いんだ?」
天幕を張ったりして野営の準備をしているセレスさんたちの間を抜けてやってきたエリクくんは、馬車の中で横たわるマリアさんを見て言いました。
「エリくん、あっち行ってて。気分悪いの」
「そう? んじゃルチア、約束だし、行こうよ」
「ダメです。それはまたあとで。第一皆さん野営の準備をしてますし、わたしもそちらのお手伝いをしようかと思ってるんです」
ごはんなんかは作らないといけませんし、天幕を張り慣れていないわたしにできるのは、料理の方でしょう。
「マリアさん、なにか食べたいものってありますか?」
「ごはんいらない」
馬車を覗いてマリアさんに声をかけると、マリアさんは顔の上に乗せた腕を退けることなく答えます。
あれ、殿下がいらっしゃいませんね。さっきわたしが馬車を降りるときには、たしかにマリアさんの対面に腰掛けていらっしゃったのに……。
「あの、殿下は……?」
「わかんない。さっきどっか行った」
殿下はどこに行かれたんですか!
わたしはなんだか腹が立ってきました。
殿下は、婚約者になるはずのマリアさんが具合が悪いって言っているのに、側にすらついていてあげないんですか!?
ああ、いえ、なにかご用事があって少しだけ席を外していらっしゃるのでしょう。きっとそうです。でないと、納得できません。
「あたし寝てるから、ほっといて」
「側にいましょうか?」
「いいの。今は1人がいい。あ……でも」
少し腕をズラして、マリアさんはわたしの方へ視線をやりました。
「シロと一緒がいいの。シロだけ残して」
「きゅっ」
一旦わたしのポケットに戻った仔竜シロは、その声に身を乗り出します。元からはみ出るように無理矢理収まっていたので、今にも落ちそうですよ!
「きゅ〜」
パタパタと小さな翼で飛び、シロはマリアさんのお腹の上に乗ります。
「おまえの鱗は細くて気持ちいいね。柔らかいし」
「きゅ〜ぁ」
「そしたら、わたしは食事の用意をしてきますね。あとであったかい飲み物持ってきますから、少しゆっくりしててください。シロ、マリアさんをよろしくね」
「きゅわっ! きゅ〜!」
わたしはシロにマリアさんを託すと、そっと馬車のドアを閉めました。
急いでごはんを作ってしまいましょう。マリアさんはいらないと言っていましたが、粥くらいなら食べれるでしょうか。重湯……ではお腹にたまりませんよね。スープの方がいいでしょうか。
花月とはいえ、キリエストは北の地。まだ夜は冷え込みます。皆さんもあったかいものがいいですよね。
わたしは殿下への憤りを押し込め、お鍋を片手にエリクくんが準備してくれた焚き火へと向かいました。水の魔石がセットされた水差しから水をお鍋に注ぎ入れると、火にかけます。
「おう、嬢ちゃんが食事作ってくれんのか。メニューはなんだ? 酒はあるか?」
「ガイウスさん、お酒はないですよ。もう2人旅じゃないんですから、ダメですって。怒られちゃうかもですよ?」
「固いこと言うなって。固いのはレナートや隊長サンだけで十分だよ。嬢ちゃんくらいはいいって言ってくれよ」
タマネギやジャガイモの下ごしらえをはじめると、ガイウスさんがお鍋を覗きに来ました。相変わらずお酒が好きですね。そんなにおいしいのかなぁ……。
「おー、うまいもんだな。いつでも嫁にいけるな、嬢ちゃん」
「故郷にいたときは、毎日やってたんで、人並みにナイフは扱えるんですよ」
「いや、こんだけやれれば十分だよ」
そんなことを話しながら、わたしはマリアさんのことを考えていました。
もし、マリアさんが思い悩まれている理由が、わたしが浄化を果たしてしまったことだとしたら。
わたしは、マリアさんとどんな顔をして接すればいいんでしょうか。
お礼として、近日中に番外編へ小話を1本投稿したいと思ってます。
聖ルチア祭とは別です。