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ルチア、マリアの異変に気付く

 マリアさんはたおやかでおとなしそうな容貌からは予想がつかないほどに、元気で明るい人です。殿下とも仲睦まじい様子でしたのに……どうしたんでしょう、今はなんだか沈んでいるように見えます。


「マリアさ……」

「ねぇ、ルチア!」


 声をかけようとしたら、エリクくんに呼びとめられました。


「竜の研究についてだけどさ、一緒にルチアが水晶を使って魔法を使えばどれくらい使用魔力に差が出るのかも調べたいんだ。本当は自分だけの水晶を用意した方がいいんだけどさ、とりあえずボクの使ってやってみてよ」

「でも、出発するって言ってましたよ?」

「うん、だから次停まったらでいいからさ〜。ね、お願い!」


 小首を傾げて、エリクくんは丸い琥珀色の瞳でわたしを見上げきます。仔犬みたいで可愛くて……こ、断りづらいですね、これは!


「そしたら、次の休憩か宿泊のときに……」

「うん、絶対だよ!」


 にっこりと満面の笑みを浮かべるエリクくんは、まるっきり無邪気な子どもです。本当に研究が好きなんでしょうね。この年で心底のめり込めるものがあるのは、ちょっぴり羨ましいです。


 エリクくんと約束をして別れると、わたしはマリアさんと殿下のいらっしゃる馬車へ足を進めました。


「エリクと今後の計画でも立ててたの?」


 馬車に入ると、待ち構えていたかのように殿下が声をかけてくださいました。


「はい。水晶を使って魔法をかけてみようと……」

「君、水晶持ってないの? 魔法使うのに? へぇ、マリアと同じなんだね。もしかして……」

「ねぇ、次の目的地はどこなの?」


 殿下の言葉に、焦ったようなマリアさんの声が被さりました。

 やっぱりマリアさん、おかしいです。いつものように殿下のお隣に腰掛けてはいますが、こころもち身体を離しているようにも見えます。


「次はフォリスターンだね。キリエストはアールタッドから見て北だけど、フォリスターンはキリエストから見て西南の方向へ向かうよ。最後のメーナールは南。キリエストは我が国の領内にあるけれど、フォリスターンはバチス公国、メーナールはダル・カント王国にある」

「海外に行くの?」

「海の外? すべての国は陸続きだ。海は世界を囲み、奈落に落ちる。アカデミアで習ったろう? ……あぁ、マリアの国は海に囲まれているんだったね」

「そうよ、あたしの国は……日本は、島国だもの。こことは違うわ……なにもかも」


 力なくうつむいてしまったマリアさんを見て、さすがに殿下も異変に気付いたみたいでした。


「マリア、どうしたんだい?」

「……ちょっと、酔ったかも。気分悪い」

「大丈夫? マリア。ルチアに魔法をかけさせよう」

「いらない!」


 マリアさんの拒絶に、殿下はひどく驚いたようでした。窓を開けようとしていたわたしもつい手を止めてしまったほど、それは強い声でした。


「だって、ルチア……さっき倒れたばかりだもの。魔法使わせたくない。もう使わないで、大丈夫だから」

「マリアさん、わたしはもう平気ですよ? 仔竜さんに回復してもらいましたし。今は、マリアさんの方が具合悪そうです」

「たいしたことないの。だから魔法はいらない。ちょっと寝るね。エド、あたし反対の席で横になるから」

「……いいよ、そう言うならゆっくりおやすみ。さあ、ルチアはこちらにおいで。そこにいてはマリアが横になれない」


 たしかにわたしがこちらの席に座っていては、マリアさんは横になれません。

 ですが、殿下の横に腰掛けるとか、畏れ多くて無理ですよ!


「ルチア、ルチアはここにいて。揺れて落ちちゃったら痛いし」


 わたしにとって、殿下のご命令よりも、様子のおかしいマリアさんのお願いの方が大切です。

 わたしは殿下にお断りの一言を告げると、クッションを寝やすいように移動して、マリアさんを横たわらせました。


 顔色は悪くないですが、今にも消えそうなマリアさんの雰囲気に心配になったわたしは、エプロンのポケットに入れていた仔竜を側に置こうと思い立ちました。わたしのときみたく、元気になるかもしれません。


「はい、そしたらわたしはここにいますね。マリアさん、せめてこの仔を隣に置いてください。もしかしたら少し気分がよくなるかも」

「きゅー」


 仔竜を渡すと、ようやくマリアさんは笑ってくれました。


「そうね、あんたのときみたく元気になるかも。てかさ、この仔、早く名前つけてあげようよ。オスなの? メスなの?」

「さぁ……考えもしませんでした」

「ヌケてんわね、あんた。チビすけ、あんたは男の子? 女の子?」

「きゅわわ〜」


 やわらかい表情を浮かべて、マリアさんは仔竜のぷくぷくしたお腹ををつつきます。


「竜に性別があるかどうかも含めて、明らかになってないよ。なにせゴロゴロいるものでないし、生け捕れないからね。去年討伐した竜の体内には生殖器に値するものはなにもなかったというし、もしかしたら命を引き継ぐ生き物ではないのかもしれない。そう考えると、無性になるのかな?」

「そうなんだ……さみしいね、あんたも。ひとりぼっちなんだ」

「きゅきゅっ! わ〜」

「なんか話してる風だけど、あたしにはわかんないから。残念、チビすけ」


 クスクスと笑い声をあげるマリアさんには、先ほどまでの陰は見当たりません。


「名前、なにがいいかな」

「よければマリアさんが決めてあげてください」

「あたし? えー、なにがいいだろ。竜でしょ、カッコイイのがいいのかなぁ。でもおまえ可愛いしねぇ」


 優しい眼差しで、マリアさんは仔竜を見つめます。ふんわりと浮かべた笑みが、とても彼女に似合っていました。


「シロ。シロって呼ばせてね。もふもふじゃないけど、おまえもシロみたいに可愛い」

「きゅー」

「シロってね、あたしの家にいる猫なんだ。白くて金の目をしてて、可愛いの。会いたいなぁ」


 あぁ、そうか。

 その言葉で合点がいきました。マリアさんの視線の先にあるのは、きっとわたしたちのせいで失わせてしまった、彼女の世界なんですね。

 マリアさんのどこかさみしそうな声音に、心臓をぎゅっと握られたような気持ちになります。


 マリアさんは、わたしたちの世界のことをどう思っているんでしょうか。

 無理矢理連れてこられて、否応なく放り出された浄化の旅。魔物は怖いし、魔法を使うのも……。


「!!」


 そこまで考えて、わたしは真っ青になりました。


 浄化のために連れてこられたマリアさん。それなのに、最初の天晶樹の浄化を行ったのは--マリアさんではないのです。

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