ルチア、仔竜を助けようとする
セレスさんの笑顔を見続けるのがつらくなったわたしは、思わずうつむいてしまいました。
ダメです、こんなんじゃ変に思われてしまいます。距離を置きたいわけじゃないんです。あの裏庭での日々のように、楽しくお話したいのに。
すごくモヤモヤします。胸に重石を置かれたみたいにズンと苦しい感じ。
「どうしたの?」
「あっ、いえいえ、なんでもないです! それで、この仔なんですけど……」
「うん、難しいよね。竜の凶暴さを思うと幼体のうちに始末した方がいいのはたしかなんだ。ただ、こいつが見せた魔力回復能力や、明らかになってない竜の生態を調べる上で、力が弱いうちに調査するのも必要だと思う」
生まれたばかりの魔物自体、人の目につくのは初めてのことだしね、と、セレスさんは困ったように言うと、わたしの腕の仔竜をつつきました。
「今、団長と副官殿がエドアルド殿下と話されてこいつの今後について決めている。殿下がどう決断なさるかわからないけれど、騎士団としては多分芽のうちに摘む方向にいくんじゃないかな」
「それって、殺してしまうってことですか?」
わたしの質問に、セレスさんは沈黙をもって応えました。
「プ、キューア」
無邪気な鳴き声をあげる仔竜に、いたたまれない気持ちになります。
ガイウスさんと旅をしていたときも、無抵抗になった魔物を斬るのは気持ちのいいものではありませんでした。殺さなくても、このまま害を及ぼさないのなら普通の動物みたいに生きることは可能じゃないのって、何度も思いました。
ただ、“シャボン”の効果がいつまで効くのかがわからない限り、危険の芽は摘んでおくしかない。そういう風に諭されて、どうにか納得させていたのに。
「わたしが、定期的に魔法をかけておとなしくさせる、という案は出なかったですか? 殺すしかないんですか?」
「ルチア?」
「わたしの魔法の効果の持続時間を知ることもできますし、さっきセレスさんが言った竜についての研究もできます。暴れないよう、わたしが責任を持って面倒を見るから、この仔を生かしておくことはできないんですか? 竜が危ないのはよくわかってます。襲ってくる魔物が恐ろしいのもわかってます。でも、なにもしてないこの仔を殺してしまうのは、つらい、です」
わたしにできることがあるならば、いくらでも頑張るのに。
「じゃあさ、今から王太子殿下のところに直訴に行けばいーじゃん。こいつは殺されずにすむし、ボクは心ゆくまで研究できるし、ルチアや聖女様は竜を生かせるから万々歳。成龍じゃないから力も弱そうだし、大規模な被害は起こさないんじゃないかな」
「そうよ! エドに言ってやりましょう! ほらルチア、行くわよ!」
マリアさんは見かけによらず行動派ですよね。
でも、ここは望むところです。わたしはマリアさんとエリクくんと連れ立って殿下たちのところへ行きます。セレスさんもついてきてくれるみたいです。
※ ※ ※ ※ ※
「へぇ、それでその竜の命乞いに来たの、君?」
わたしたちの申し出を聞いた殿下は、にっこり笑ってそうおっしゃいました。
「マリアが魔物に肩入れするとは思わなかったな。あんなに怖がってたのに」
「この仔は可愛いじゃない」
「同じだよ。魔物だもの。でも、興味深い試みだね。ルチアの能力の把握と、竜の生態及び能力の把握。安全が確保できるなら試してみてもいいかもしれない」
殿下は、エメラルドグリーンの瞳をわたしに向けると、強い声音でお命じになります。
「ルチア・アルカ。君はこの竜を手懐け、言うことをきかせられるようにするんだ。ルチア、君は定期的に魔法をかけるように。エリクはそのときに魔力の回復についても調べよ。なお、万が一にでも竜が暴れるようならば、その場で処断する。いいね?」
「殿下!」
「フェルナンド、これがうまくいくようなら、我が国の発展につながる。魔物をおとなしくさせられるなんて、他国にはできないことだ。さて、君たち。話は以上かな? ルチアも目覚めたようだし、その足で僕のところに抗議に来れるほど元気なようだ。そろそろ次の天晶樹へ向かおう。おいで、マリア」
「うん……」
殿下に呼ばれたマリアさんは、いつもと違い、言葉少なに寄り添いました。あれ……マリアさん、なんだか元気がないみたいです。どうしたんでしょうか⁇