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ルチア、天晶樹にたどり着く

「《ファイヤーボール》」


 ひとかたまりに集めた魔物の残骸に、エリクくんが火を放ちました。死骸に他の魔物が引き寄せられるのを防ぐためですが、埋めるより燃やしてしまう方が楽ですよね。


「ひとまずこれでよしっ!」


 満足げなエリクくんから視線を外すと、わたしは頭上に見える整った顔を仰ぎました。


「あの……もう下ろしてください。もう立てます。さっきのは一時的にクラっときただけですし、平気です」

「ダメ」


 “シャボン”で魔物を散らした後、貧血を起こしたわたしは、セレスさんによって抱きかかえられていました。

 下ろしてくれるようお願いしましたが、セレスさんは容赦なくお願いを切って捨てると、わたしを抱えたまま馬車が停まっている方へ足を進めます。


「俺はね、君がしゃがみこんだときは焦ったんだ。慣れない魔法の使い方をしたせいで倒れるんじゃないかって。まだ顔色がよくないし、下ろすことは許可できない」

「ねぇねぇ、今ので魔力、どれくらい使ったのかなぁ? とゆーことで計測しようよ! で、じゃじゃーん! 魔力回復薬〜」

「それはいりません!」


 あの恐ろしい味を思い出して身を震わせると、セレスさんも苦い顔をしました。


「エリク殿、あれは……いつ改善されるんだ?」

「セレスさんも飲んだことあるんですか?」

「俺と団長は少し魔法を使えるからね。補助程度だけどさ」


 あれマズイよね、とセレスさんは苦笑します。とても同感ですよ!


 馬車に近づくと、手をかける前にドアが開きました。転がるようにマリアさんが出てきます。


「ルチア!」


 マリアさんはドレスの裾をからげて飛び降りると、一目散にわたしたちのところへ駆けてきました。


「大丈夫なの!?」

「はい、ちょっとフラついただけなんです。もう平気です」

「セレス、ルチア返して!」

「まだ顔色もよくありませんし、少し風に当たった方がいいかと」

「そんなの窓開けりゃいいだけでしょ! 馬車のがゆっくりできるわよ! 聖女命令です、さっさとルチア寄越して!」


 たしかに馬よりは馬車の方がゆっくりできますね。

 ちょっと疲れたので、ここはマリアさんの申し出にありがたく乗らせてもらいましょう。セレスさんの馬に乗るのは緊張するので遠慮したいです。


「セレスさん、下ろしてください」

「……わかった」


 セレスさんは横抱きにしたわたしを、そっと地面に下ろしてくれました。途端にマリアさんが抱きついてきます。


「約束、守りましたよ」

「バカっっ!」


 マリアさんにそう言うと、何故かものすごい勢いで怒られました。


「あんたねぇ、馬鹿正直に行かないでよ! 見ててヒヤヒヤしたんだからねっ!」

「ごめんなさい」

「笑ってんな! あたしは怒ってんの!」

「はい。なんか気が抜けちゃって。怒ってくれてありがとうございます」


 わたしのために怒ってくれるなんて、マリアさんは優しい人です。


「さぁ、2人とも、そろそろ馬車に戻ってください。出発しますよ」

「あ、さっきの木は……」

「もうボクが木っ端微塵にしたよ〜! 頑張ったんだから!」

「ちびっこが倒したんだから片付けるのは道理だろうが」

「クマはうるさいなぁ! お父さんか!」


 エリクくんが楽しそうにガイウスさんとじゃれています。ガイウスさんはどこにいっても人気者ですね。お父さんぽいの、わかりますよ! 本人には言えませんけれど。


 わたしはマリアさんに引っ張られるようにして馬車へ戻りました。中に入ると、殿下が優雅に足を組まれて微笑んでいらっしゃいました。

 ドアが閉まると、ゆっくりと馬車は動き出します。


「見せてもらったよ。君の力はなかなかのものだね。すごいじゃないか。オーガやルフの件も誇張はなかったようだし、これからも戦える?」

「エド! さっきも言ったけど、あたしたち戦いに慣れてない人間に戦わせるのはやめて! 怖いんだからね!」

「この世界に生きる者として、天晶樹の浄化に力を貸すことはおかしくないだろう。浄化が叶わなければ魔物が氾濫し、近い将来人間は滅びる。特にここ十数年の奴らの横行は酷いものだ」

「でも、あたしもルチアも普通の人間なのよ!」

「君もルチアも特別な力を持っているよ、マリア。それは僕らにはないものだ。君たちの力なくしては、浄化は叶わない」


 揺れる馬車の中、殿下は腰に手をやってマリアさんを引き寄せると、丁寧な手つきで隣に座らせました。


「愛しの聖女、君や僕らが生き延びるには、戦う決意が必要なんだよ」

「……それは、あたしたちじゃなくちゃダメなの? 他の人じゃ、なんでダメなの?」

「人の力では、浄化はできない。君は天晶樹の浄化をしなければいけないし、彼女は戦力として寄越されたのだから、結果を出さねばならない」

「……そんなの、勝手じゃない。好きでこんな立場になったわけじゃないのに」


 どうしましょう、なんだか喧嘩っぽくなってきましたよ!

 でも、マリアさんの主張はわたしも同感です。

 だって、マリアさんは違う世界の人です。怖い思いをさせてまで、この世界のために尽力する義務なんてないのに。


「マリアさん」


 殿下と直接お話するのはためらわれたので、わたしはマリアさんに声をかけました。


「わたしは平気です。庇ってくださって嬉しかったです。でも、大丈夫ですよ。マリアさんは戦わなくていいです。ただ少しだけ、最後に力を貸してください。浄化するのに、わたしたちの力が及ばなかったときだけでいいです」

「それは、浄化も君がやるということかい? ルチア」


 殿下は、エメラルドの瞳をすがめてわたしを見ました。


「わたしの力が及ぶなら、頑張ります。ですが、どうやってもマリアさんでしかダメなら、他のフォローはするのでお願いしたいです。勝手なお話ですが、怖がってるマリアさんに、一から全部無理強いしたくないです。わたしたちでできることがあるなら、すべてやってからお願いしたいと思います」

「ふぅん。それじゃ、やってみるといいさ。僕はね、こう見えても意外と君のことは買ってるんだ。力も見せてもらったし、ただの侍女にしておくのは惜しいよね」


 殿下は、鷹揚に頷いてくださいました。よかった、お話を聞き入れてくださる方で。口を挟んだことでお叱りがくるかと、ちょっとヒヤヒヤしてました。


「イヤよ、そしたらあんたばっかり怖い思いをするじゃない!」

「マリアさんは優しいですね」

「な……っ、ちょ、今そんな話してない!」

「だってホントですよ? わたしが怖がらないよう、つらい思いをしないよう、殿下にお話してくださってありがとうございます。嬉しかったです。マリアさんがいてくださるなら、わたし頑張れます」


 あの恐ろしい魔力回復薬だって、飲んでみせますよ!

 そう思って笑ってみせると、マリアさんはふにゃっと顔を歪ませました。


「あんたって奴は……!」

「わたしたちの世界なのに、わたしたちがやれることを全部やらないでマリアさんに投げちゃダメですよね。なので最後の最後にちょっとだけ、力を貸してくれると嬉しいです」


 そんなお話をしていると、馬車がゆっくり停まりました。


「殿下、聖女様。キリエストの天晶樹に着きました」


 外から団長さんの声がして、わたしたちは最初の目的地に着いたことを知らされたのです。

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