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ルチア、セレスと物々交換をする

「聖女様がどうかされたんですか?」

「うん、もうそろそろ聖女様の教育も終わったし、浄化の旅が始まるんだって」

「そうなんですか!?」


 それは明るい話ですね!

 と思うのだけれど、セレスさんの顔は暗い。


「どうかなさったんですか?」

「うん……俺、その旅に同行しなきゃいけないらしくて」


 肩を落として告げられたその言葉に、わたしもがっかりしてしまいました。

 いえ、浄化の旅の同行者として選ばれたなんてすごいと思うんですよ!? ですが、その間こうして会えないとなると、やっぱりさみしいです。


「さみしいです……」


 思わずこぼしてしまった本音に、セレスさんがものすごい勢いでこちらを見ました。


「えっ、いや、あの……お身体に気をつけて、無事に帰ってきてくださいね」

「うん、必ず帰ってくるから!」


 サンドウィッチを持つわたしの手をがしっと掴んで、セレスさんは力強く宣言しました。さすが騎士様、ものすごい握力です。痛いです。


「あのさ、それで……よければなんだけど、ルチアのそのリボン、お守りに貸してもらえないかな、なんて」


 セレスさんの言葉に、わたしはサンドウィッチをナプキンの上に置き、髪の毛をまとめていたリボンに手を触れました。


「これですか? 安物なんですけど、お守りになります?」


 絹でもない、単なる綿です。柄もない、単色の菫色。


「なる!」

「部屋にこれと同じ新品があるので、それをお渡し……」

「これがいいんだ!」


 真剣な顔で断言するので、わたしはそのままリボンを引き抜きました。しゅるり、とほどけたリボンのシワを伸ばしてたたみ、セレスさんに手渡します。


「ありがとう! これがあれば頑張れる気がする!」


 イケメンさんの満面の笑みはハンパないですね! リボン1枚でこの笑顔とは……イケメンさんパワーすごいです。


「あ、俺ルチアにあげたいものがあるんだ」


 リボンをしまうために隊服の内ポケットに手を入れたセレスさんは、そう言うとリボンと入れ替えに小さな包みを出しました。


「ハンドクリーム。もらいもので悪いんだけどさ、俺花の香りのクリームとか使わないし、ルチアにもらってもらえると嬉しいんだけど」


 ピンクのリボンがかかった可愛い包みは、今人気のリリィ・ブリッツィのものです。本物は見たことなかったけど、包みに書かれたロゴには、そう書かれています。


「これ、リリィ・ブリッツィですか?」

「うん、女の子の間で人気なんだってね。ルチアも好きかな〜って」


 やっぱりリリィ・ブリッツィで間違いないみたいです。すごい、初めて見た!


 リリィ・ブリッツィは、王都で大人気の化粧品屋さんで、中でもこの花の香りのハンドクリームは大人気商品なんだそうです。なかなか手に入らないと噂のこのクリーム、たしかに気になりますが……。


「ダメですよ」

「えっ、なんで⁇」

「だっていただきものなんでしょう? 誰かのプレゼントを他の人にあげちゃダメです」


 リリィ・ブリッツィを贈るとなると、多分贈り主は女性でしょう。きっと心のこもったプレゼントに違いありません。


「もしわたしがセレスさんにプレゼントしたものを他の人にあげられたりしたら、悲しいです」

「そんなこと死んでもしないよ!」


 リリィ・ブリッツィのハンドクリーム。心惹かれますが、ここはぐっと我慢の子です。

 だって女の子からのプレゼント……セレスさんはとてもカッコイイ騎士様ですから、きっと好きになる人はたくさんいるでしょうし、こういうプレゼントを渡すお嬢様方もたくさんいるでしょう。


 あれ、なんだかわたし、すごく落ち込んできましたよ。ハンドクリーム……たしかに手荒れがひどいのでもらえると嬉しいけれど、我慢するくらいなんてことないはずなんですが。


「贈った女の子に失礼です」

「女の子!?」


 ビシッと言ったら、セレスさんが驚いた顔をしました。あれ、なんで⁇


「女の子じゃないから! これは俺が……じゃなくて、隊員にブリッツィの息子がいて、そいつに」

「贈り主、男性なんですか?」

「贈り……ああ、そうそう、男から! だからルチアは気にしなくていいの! だからもらって!」


 無理やり手渡されました。


「わかりました。ありがとうございます、嬉しいです!」

「よかった……」

「リボンとハンドクリームで、物々交換ですね!」

「物々交換!?」


 違いましたか?

 なんだかセレスさんが打ちひしがれてるように見えるのは気のせいでしょうか?


 わたしはセレスさんの姿を見て気づきました。思わず青ざめます。改めて考えると、たしかに“物々交換”なんて失礼ですよ!

 だってわたしのリボンと、リリィ・ブリッツィのハンドクリームじゃ、釣り合いなんか取れません! 同僚の方々とのやりとりレベルじゃないんです。未使用の大人気商品と、使用済みのペラいリボン。まるでわたしとセレスさんみたいな価値の違いを、そんな風に言い表してしまうなんて!


「すみません! 失礼なことを!」

「平気だから! ルチアはなにも気にしなくていいから! 物々交換、うん、まさしくそうだよ! 違わない!」

「そうですか? でも、ごめんなさい」


 ぺこりと頭を下げると、風が吹いてほどいたままの髪の毛を巻き上げました。まとめていたリボンがないのでちょっと邪魔です。

 リボン……あ、このリリィ・ブリッツィのリボンがあるじゃないですか。少なくともわたしのリボンより高級そうです。お花の模様が透いてある、ピンクのリボン。

 わたしは包みからリボンをほどくと、手櫛でまとめた髪の毛をぎゅっとまとめました。これでよし!


「あの、よければこのハンドクリーム、今使ってもいいですか?」


 若干困り顔だったセレスさんに尋ねると、途端にいい笑顔が返ってきます。


「うん、ぜひ使って!」


 とのことなので、早速包み紙を開いてみました。

 リリィ・ブリッツィのロゴとピンクのお花の絵が描かれた丸い缶を開けると、ふわりと甘いお花の香りが漂います。すごい可愛い! いい匂い!


「うわぁ!」


 思わず歓声を上げると、セレスさんが下を向いて片手を顔に当てているのに気づきました。


「どうかしました?」

「いや……うん、よかったなあ、と」

「?」


 中に入っているクリームを掬って手に伸ばすと、思った以上に伸びます。わたしが使っている安物のクリームとは違ってベタベタしないし、吸い込まれるように消えた後は、ホントにすべっすべです。なによりものすごーくいい匂い! 幸せ!


「幸せです!」


 あ、セレスさんにもこの幸せをおすそ分けしなくては。元々セレスさん宛の贈り物ですしね。


「はい、セレスさんも」

「!」


 わたしはセレスさんの手を取ると、両手でクリームを伸ばしていきます。セレスさんの手は、剣だこがいくつもあって硬いですね。


「俺も……かなり幸せ、です」


 わたしと同じですね!

 リリィ・ブリッツィはすごいです。男性まで幸せにする香り。さすがに人気なだけあります。


「大事にしますね!」

「俺も大事にします」


 そうしてわたしたちは笑いあいました。

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