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ルチア、ひとつめの天晶樹に近づく

 マリアさんと殿下が乗られているだけあって、馬車はとても乗り心地がよかったです。

 フカフカのクッションがいくつも重ねられていますが、マリアさんは不満そうでした。


「馬車ってさぁ、お尻痛いのよね。そう思わない?」

「この馬車は、かなり乗り心地いいですよ? 辻馬車はもっと揺れますし」

「マジで!? もー、車に慣れた身としてはありえないくらい揺れるんだけど!」

「マリアの世界はすごいんだね」


 そういえば、以前セレスさんが聖女様は馬車に乗ったことがないって言ってましたね。クルマというのが、馬車の代わりの移動手段なんでしょうか。

 なんにせよ、この馬車より揺れないなんて、異世界はすごいんですね!


「クルマってどんなものなんですか?」

「うーん、そうね、なんて言うんだろ? 鉄でできた、馬車の馬なしみたいな……。タイヤも木の車輪じゃなくてゴムだしね」

「馬がないのに走るんですか? 魔法で?」

「あたしの世界に魔法はないわよ! エンジンで走るの。しくみはよくわかんないんだけど」

「面白いよね。アカデミアがマリアの話を聞いて開発に乗り出したくらい便利だそうだよ」


 開発に成功したら、マリアさんの世界みたいに便利になるんでしょうか? 楽しみです!


 そんなお話をしていると、突然馬車がとまりました。馬のいななきと、だれかの荒立った声がしましたが、なんでしょう⁇


「魔物です。数がいますので、馬車から出ないように」


 ドアのノックとともに、いつもと違う団長さんの声がします。魔物と聞いた瞬間、マリアさんの顔がこわばりました。


「大丈夫です。わたしがいます」

「うん……ルチア、守ってね」


 顔を青ざめさせているマリアさんとわたしは、ぎゅっと手をつなぎました。冷たい指先が緊張を感じさせます。もちろん、つないでいるわたしの手も冷たいです。


「ルチア、お前の魔法は魔物をおとなしくさせるといったね。見てみたい。外に出て実戦しておいで」

「……っ」

「エド!」


 外の物音に耳をそばだてていると、カーテンの隙間から外を窺っていらっしゃった殿下が、そうお命じになりました。


「なんでルチアが戦うのよ!」

「だって僕らは彼女の力をよく知らない。確認しないと戦力にはならないだろう?」

「でも、ルチアは騎士とか兵士じゃないわよ!?」

「父上より彼女の能力を試せと言われた。僕も見てみたい。なんでもオーガの大群を無力化させたらしいね。今、この馬車は多くの魔物に囲まれている。エリクの魔法は森に阻まれて、そう強く大きなものは使えないだろう。あの子の得意魔法は火魔法だからね。そしてフェルナンドたちの剣だけでは、ここを切り抜けるのに時間がかかる。時間をかけていては、倒した魔物を目当てに、さらに森中の魔物が寄ってくるだろうね」

「そんな……」

「マリアの光魔法で倒すかい? それならすぐにでも解決するかもしれない。でも、その様子じゃできないだろう? 兵士隊は返しちゃったし、あとは僕らでなんとかするしかないんだよね。兵士隊じゃなくて、アカデミアの人間をたくさん連れて来ればよかったかなぁ。その方が威圧感は少なくて、マリアは嫌じゃなかったかもね」


 殿下に食ってかかっていたマリアさんは、現状を知らされて愕然となりました。殿下の胸元をつかんでいた手が、ゆっくりと下ろされます。

 そんなマリアさんの手をつかんだ殿下は、エメラルドの瞳でまっすぐわたしを見据えました。否とは言えない空気に、わたしはゴクリと唾を飲み込みました。怖いけれど、頑張らなくちゃ。マリアさんを守るって、約束したんです!


「わかりました」

「ルチア!」

「大丈夫、お守りしますから。外にはセレスさんもガイウスさんもいます。大丈夫です」


 大丈夫、怖くないです。怖くないですよ。ガイウスさんと練習したことを思い出して。できたじゃないですか。いけます、怖くないです。


「マリアさんは殿下とここにいてくださいね。わたし、ここに来るまでにガイウスさんと練習したんです」

「危ないよ! ここにいようよ!」

「マリアさん。約束、守らせてください。危なくないです。では、行ってきます!」


 わたしは馬車のドアを開けました。ドアの向こうは深い森です。

 そんな森の木々の間から、池狸アーヴァンク食人馬アッハ・イーシュカ、そして大猪パイアが何頭も、馬車を囲うようにしています。


「ルチア! 危ないから馬車にいろっ!」


 わたしが出てきたことに気づいたセレスさんが叫びます。右手の剣が蒼く濡れているのに気づき、鳥肌が立ちました。何度見てもまだ慣れません。


「《ファイヤーアロー》《サンダーボルト》っ! んもぉっ! 天晶樹が近いせいか、際限ないよこいつら! 森焼いてもいい? 範囲魔法で殲滅するのが早いよ!」


 胸の水晶に手をやりつつ、エリクくんが魔法の火矢や稲妻をたくさん飛ばしています。


「火を消し止められるなら!」

「ボク、水魔法は不得意なの!」

「ちびっこ、使えねぇなあ!」

「兄さん!」

「そゆこというと、範囲魔法使いたくなるなぁ! 得意じゃないからちょっと威力は落ちるけど……《ヴォート》!」


 ドン!と風の柱のようなものが魔物たちをつぶしました。同時にたくさんの木が破砕されます。大小の破片が、蒼い飛沫とともにバラバラとあたりに飛び散りました。


「ね、ボク強いでしょ?」

「道ふさいでどうすんだアホ!」


 たしかに、大きな倒木が道をふさいでしまいました。

 エリクくんの魔法は、殿下がおっしゃっていたように、この地形とは相性が悪いようです。


「うわ、まだ来るよ〜」

「天晶樹が間近だからね。セレスティーノ、背後」

「わかってます!」


 セレスさんが右手の剣を一閃させると、背後から迫ってきていたアッハ・イーシュカの首が飛びました。すごい腕前です。さすがです。でも、怖いので直視できません。ぱっと見馬ですが、やっぱり生首はちょっと。


 あ、そうでした! わたしもセレスさんたちのお手伝いをしなければ! 呆気にとられて眺めてるだけじゃダメです!


「《シャボン》!」


 馬車から飛び降りながら、わたしは叫びました。襲われるのが怖いなら、その前に無力化しちゃいましょう!

 ぐっと、身体の中からなにかが抜け出たような感覚があり、目の前に大量のシャボン玉が現れました。

 シャボン玉はまわりにいた魔物たちを包み、虹色に輝きながらパチンと弾けます。

 わたしはそれを、祈るような心地で眺めました。お願い、効いて……!


 祈りが通じたのか、魔法シャボンは魔物たちの敵意を消したようでした。先ほどまでの刺すような殺気は鳴りを潜め、アーヴァンクもアッハ・イーシュカもパイアも、道端の石を眺めるかのようにこちらを見た挙句、バラバラと散開していきました。

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