ルチア、お洗濯をして心を落ち着かせる
「ご迷惑をおかけして、本当にごめんなさい。送ってくださってありがとうございます」
「気にしなくていいですよ。貴女になにもなくてなによりです」
「酒なんていつでも飲める。嬢ちゃんは気にすんなや。ほら、春先とはいえ、夜は冷える。早く部屋に戻れ」
わたしを宿に送り届けると、ガイウスさんとレナートさんは再び街へ出て行かれました。飲みすぎちゃダメですよ、ガイウスさん!
部屋に戻ると、まだマリアさんは戻っていないようでした。
マリアさんが戻られる前にごはんを食べてしまいましょう。わたしは冷めてしまった夕ごはんを、急いでお腹に収めました。食事を無駄にするとか、そんなもったいないことはしません。白身魚のフライは、冷めていてもおいしかったです。
食器を片付けながら、わたしは心を決めていました。
今はセレスさんとマリアさんの行動に一喜一憂しているときではありません。気にならないといったら嘘だけれど、できるだけ気にしないこと。そしていつも通りを心がけること。
そしてこの心のモヤモヤは--お洗濯でスッキリさせましょう!
わたしは宿の方にタライと洗濯板をお借りすると、使い慣れた石鹸と少しの洗濯物を手に、中庭へ行きました。
石畳が敷き詰められたそこは、真ん中にポンプ式の井戸があります。広場の共同井戸は魔石で簡単にお水がでる形をしていましたが、ここのは手で地下水を汲み上げる様式の井戸のようです。この形の井戸は王都にはなかったので、なんだか懐かしいです。ハサウェスではよくあったんですが。
タライに水を張り、洗濯物を浸けます。“シャボン”で洗えば簡単ですが、やっぱり手で洗うのが好きですね。自分の手で綺麗にできるところを見るのは、気分爽快です!
わたしはしばらく無心にお洗濯をしていました。魔石ランプの灯りがあるとはいえ、夜のお洗濯は汚れが見えづらいです。それでも、今はお洗濯をしていたかった。洗って部屋に干せば乾燥対策にもなりますしね。
「ルチアさん」
「!」
最後の洗濯物の水気を絞っていると、背後から声をかけられました。振り返ると、団長さんです。
わたしは慌てて洗濯物を布で包みました。下着が主なので、ちょっと人には見せられません。
「どうしたんだい? ああ、洗濯か」
「はい。干せる場所があるときに洗ってしまおうと思って」
「魔法で綺麗にはしないのかい? きみの魔法はどんな汚れも落とすようだったけれど」
「“シャボン”は洗っても落ちない汚れだけにかけてます」
「へぇ」
団長さんは面白そうに新緑の瞳を輝かせました。かすかに浮かぶ目尻のシワが優しそうです。
「あんな便利な魔法を持っていても、使わないんだ」
「はい。全部魔法頼りになるのは憚られまして……。お洗濯好きですし」
「好きなんだ?」
「はい! 自分の手で綺麗にできるのって、なんだか気持ちいいんですよね。スッキリします」
「いいね。魔法に頼りきりになるより、そっちの方がよっぽどいい」
よく通る声で笑うと、団長さんは「風邪ひかないように早く戻るんだよ」と言い残して行かれました。
さて、お洗濯も終わったことですし、わたしも部屋に戻らないと!
※ ※ ※ ※ ※
翌日出発したのは、なんとお昼近く。太陽がだいぶ高くなってのことでした。夜の間に乾ききらなかった洗濯物も、すっかり乾いてしまうくらいです。
「もぉ〜、エドってば! また寝坊したのぉ?」
「マリアが起こしてくれればよかったんだけどね」
「ごめんねぇ。久しぶりのガールズトークに、わたしもうっかりしちゃったのよぅ。明日はちゃんと起こしたげるね?」
「頼むよ、マリア」
どうやら朝が弱い殿下は、マリアさんに起こされないと起きれない様子です。新婚さんみたいな空気に、思わず当てられちゃいますね!
「さ、行くわよ! 今日からはあんたも馬車だから!」
「え?」
「え、じゃないわよ! 昨日エドにお願いしたの。あんたはあたしの……うん、侍女、なんでしょ? 近くにいるべきなの!」
腰に手を当てて、マリアさんは宣言されました。そうですね、侍女って側で仕える人ですもんね。
でも、殿下はわたしが同乗して構わないのでしょうか?
「マリアが一緒がいいって言うからね。お前も一緒にお乗り」
戸惑っていたわたしを察してくださったのか、殿下は優しい言葉をかけてくださいました。
「はい、ありがとうございます」
「マリアのことを頼むよ」
殿下はそうおっしゃると、うっすらと笑みを浮かべました。物語の王子様もかくやというキラキラとした容貌は、笑うとさらに引き立ちますね。
「では、参ります。殿下、聖女様、ルチアさん、馬車へお乗りください。今日中にはキリエストへ着きます」
団長さんの声に、背筋が伸びる心地がしました。
とうとう1本目の天晶樹にたどり着くんですね……!