【挿話】セレスティーノ、ルチアに近づこうと努力する
ルチアがここに現れたのは、彼女の魔法に新しい効果が認められたせいだった。
俺たちが旅立った後、アールタッドは魔物に襲われたらしい。だが、身を守るために咄嗟に使った魔法が、彼女と王都を守ったと言う。
しかし、ろくな訓練もせず、護衛も1人しかつけず、魔物をおとなしくする魔法を持つだけのごく普通の女の子を無理矢理旅に出すとは、一体なにを考えているんだ!?
俺は血の気が引く思いでルチアの話を聞いた。
1度追い返すことができたからといって、それはルチアをほぼ単身で送り出す理由にはならない。せめて合流するまで兵士隊をつけるとか、騎士を何名かつけるとか、色々やりようはあったはずだ。
あとブリッツィは許さん。人の留守をいいことに彼女と仲良くなるとは……。
俺が憤っていると、横から熊や副官殿、エリク殿たちが現れて、彼女に話しかけていく。
そして、とどめとばかりに聖女様が現れ--彼女をさらっていく。
待て、なんで皆彼女に集まるんだ。たしかにルチアは側にいるだけで癒されるような空気を持っている。側にいたくなるのはわかる。だが、まさかあの気難しい聖女様まで彼女を気に入るとは思わなかった。
「わたし、大事なお友達に酷いことしました」
聖女様に連れて行かれたルチアは、帰ってくるなり再度爆弾を落としてくれた。なんで君はいろんな人から爆弾もらってくるの、ルチア。攻撃力高すぎでしょ。
お友達……うん、そんな気はしてた。男として見られてないような。ああ、ものすごくがっかりだ。
だが、大事だと思ってもらえているならまだ可能性はある。
俺はとにかくルチアに男として意識してもらうために動くことにした。
ルチアは天然というか、少し鈍いところがある。俺が“セレスティーノ・クレメンティ”と気付かずに何ヶ月も親しく過ごせるくらいだ。婉曲な態度で匂わせても、まったく通じていない。つまり、ここ数ヶ月の努力は無駄だったということで……いやいや、今は落ち込んでいる場合じゃない。斬り込むなら今だ。
真っ正面から好意をぶつけてみると、今までにない反応が返ってきた。赤面する様が可愛い。
これはイケるかもしれない、と、俺はたたみかけることにする。正直焦っていた。王都に帰るまでに彼女の心をつかまないといけないというのは、意外とプレッシャーだ。
俺は熊……もとい副官殿の兄に頼み込み、ルチアと馬に乗ることにした。少しでも長く話していたい。そう思ったからだったのだが……少々判断を誤ったかもしれなかった。なんだ、この拷問。隣に座るより難易度高いよ。
腕の中のルチアからは、ほんのかすかに嗅ぎ慣れない涼しげな花の香りがした。訊けば、ブリッツィからの贈り物だという。
かすかに漂う、爽やかな甘さを持つその香りは、優しいルチアにはよく似合っていた。似合っていたんだが……なんだかすごく面白くない。
面白くないといえば、その日の宿泊予定だったアマリスの街についてから、ルチアとは会話すらままならなくなった。
原因はただひとつ。彼女を本格的に気に入ったらしい聖女様が、独占して離さないからだ。近寄りたいが、近寄れない。
ようやく共同浴場から出てきたと思ったら……俺に飛びついてきたのは、聖女様だった。
「セレス!」
子どものように首にしがみついてきた聖女様は、満面の笑みだった。ルチアに心をほぐされたのだろう、初めて見るホッと力の抜けた表情。
彼女の癇癪にも理由があったのだろうか。そう思うほど、ケンの取れた表情は自然で、整った聖女様の容貌を可愛らしく見せている。いつもイライラした表情か、媚びを売る作り笑いしか見たことがなかったので、正直驚いた。
考えてもみれば、聖女様は16だ。成人もしていない少女が、突然親元から引き剥がされ、見知らぬ世界で暮らすことを余儀なくされたのは相当なストレスだったのだろう。聖女様も聖女様なりに頑張っていらしたのだ。
多少--いや、多少どころでもなかったが--ワガママだとしても、聖女様を異世界へ召喚し、世界を浄化しろと突きつけた我々の方がよほどワガママだと、そのとき初めて思い至った。我ながら情けない。騎士としても、この世界の人間としても、配慮が足りなすぎる。
そんな申し訳ない気分を打ち砕いたのは、他でもない聖女様本人だった。囁かれた内容に衝撃を受ける。
「つれないセレスにイイコト教えたげる。あのね、ルチアって、服に隠れたところは色白よぉ。あとね、あの胸、お湯に浮くから。デカイから。見たいでしょお? あたしはバッチリ見たけどね! 触りたいでしょお? あたしはガンガン触るけどね!」
「!」
なんてことを言うのだ、この聖女様は!
「ふふん、じゃあね、セレス! さ、ルチア行こっ!」
「あ、はい……」
俺の反応に満足げな笑みを浮かべ、聖女様はルチアを連れてエドアルド殿下の元へ走って行く。
立ち去る際ルチアと目が合ったのだが……よからぬところを見そうになり、思わず逸らしてしまった。
ああ、聖女様。お恨みいたします。本当に、なんて情報を提供してくれたんだか!