【挿話】セレスティーノ、自分の立場に焦る
聖女様のお守り……もとい、護衛をしながらの旅は、本当に大変だった。
やれ虫が出ただの、疲れただの、脚が痛いだの(馬車に乗ってるというのに!)、暑いだの寒いだの、なにかにつけて馬車はとめられ、俺たちは足留めされた。一向に進む気配が感じられない。
聖女様を溺愛していらっしゃるという王太子殿下はそれを咎めることをせず、また一行を取りまとめている団長もなにも言うことはなかった。
幸い魔物はさして強い個体は現れなかったが、魔物が現れるたびにかのお方はお怒りになり、それをなだめる方が骨が折れるという始末だった。
当初従軍していた兵士隊や、聖女様の身の回りを整える侍女たちを帰すと言いだしたときは副官殿と一緒に何度も諌めたのだが、殿下と聖女様の意思は変わらず、結局俺と団長、副官殿、エリク殿を残して皆護衛の任を解かれてしまった。
精鋭と言えば聞こえがいいが、この人数で竜クラスの魔物に遭遇してしまえば終わりではないかと肝が冷える。本当になにを考えているかわからない。
その日は、たまたま休憩の際に魔物が現れた。
大猪はここ近隣でよく出る魔物なのだが、最初に遭遇した聖女様は戦い慣れてないこともあってかパニックになってしまい、慌てて駆けつけた俺にしがみついて離れなかった。
仕方なしにそのまま斬って捨てたのだが、その飛沫が聖女様のドレスにかかってしまい、我に返った聖女様はひどくお怒りになった。
そんなときだった。
「お、ようやく追いついたようだな!」
男の声がしたのでそちらを見ると、そこにはアールタッドにいるはずのルチアがいた。
気がついたら走り寄っていた。護衛対象を放置して他の人間に駆け寄るなど叱責ものだ。だが、そのときの俺はなにも考えられなかった。腹が減りすぎた野犬が餌を見つけたように、一目散にその存在を確かめに行ってしまった。
「セレスさん!?」
目を丸くする彼女は、幻などではなく、本物だった。
ぱっと見黒く見える瞳が、差し込む陽光に本来のその色を垣間見せる。普段は隠れている紫水晶のようなその神秘的な色は、ひどく得難い宝石のようだった。
「ルチア、なんで君がここに!?」
馬から降ろしながらそう訊いたが、ルチアは呆然とこちらを見たままだった。
理由を考えて--思い当たる。そうだ、俺はルチアに本名を名乗っていなかったのだ。見ると、心持ち青ざめて見える。
「ルチア?」
手を強く握っても、名前を呼んでも反応が薄い。どうしよう、もしかして軽蔑された? いやまさか。でも。
「おい、ルチア!」
「……っ、あ、はい!」
横から熊男が口を挟んできて、ようやくルチアは正気に返ったようだった。慌てて手を離す仕草が可愛い。
でも、だれだ、この熊男。俺は馴れ馴れしくルチアに接する男を見た。見たことのある顔だ。たしか第4隊の隊員だったはずだ。
「ルチア……」
「第3隊のやつらから、伝言もらってんだろ?」
「そうでした! あの、セレスさん!」
久しぶりに聴くルチアの声に胸を弾ませていると、彼女は王都で持たされた爆弾を、無邪気に手渡してくれた。
「皆さんから伝言です。“あなたの帰りを、皆待っています”、だそうです。……もう! ガイウスさん、なんで笑うんですか!」
「忘れてんぞ、ルチア。ソレに加えて“覚悟しといてくださいね”、だとよ、隊長サン、大変だなあ!」
途端に爆笑する熊男。思い出した、この男はカナリス副官の兄だ。実力はたしかだが、クセがありすぎて各隊を順繰りに回っている変わり者だという話を思い出し、納得する。どう見ても一筋縄ではいかなさそうな雰囲気を持っている。
それにしても、と俺はこっそりため息をついた。
とうとうあいつらにルチアの存在がバレた。しかも隠匿していたのまでバレたらしい。
これは早々にルチアに意識してもらわないといけない。今は単なる友達くらいにしか思われてなさそうだ。このままの関係でアールタッドに戻ったら、色々横槍が入って一緒にいる時間がなくなりそうだった。それだけは嫌だ。彼女が隣にいる、あの安らげる時間は手放したくない。
そんなことを考えている間に、彼女はいつものおっとりした調子でどんどんメンバーとの距離を縮めていった。
なにより驚いたのが、聖女様だ。
侍女たちに当たり散らし、男連中に媚を売り、ワガママいっぱいだった聖女様は、彼女の魔法にいたく興味をそそられたらしい。
興味というと、わかりきったことだが、アカデミアの研究員であるエリク殿もルチア……というか彼女の風変わりな魔法に興味津々の様子を見せた。ルチア自身にではないと信じたい。彼は魔法馬鹿と言ってもいいくらい魔法にのめり込んでいる。常に計測させろと聖女様や、多少なりとも魔法を使える団長や俺のまわりをうろついているから、きっとルチアに対してもそうに違いない。
うかうかしていられない。
焦った俺はルチアの腕をつかんだ。