ルチア、助けられる
「《シャ--」
意を決して口を開いたのですが、背後から伸びてきた手にふさがれてしまいました。
びっくりして振り返ると、そこには--ガイウスさんとレナートさんがいました。
わたしの口をふさいだのはガイウスさんです。
「悪ぃな、うちの娘っ子に絡むのやめてくんねぇか?」
「あんだとぉ!?」
「お、喧嘩かい? 高値で買ってやんよ!」
「兄さん、旅の途中で問題起こさないでください。ルチア嬢、行きますよ」
お兄さんからもぎ取るようにしてわたしの手を取ると、レナートさんはガイウスさんを置いて歩き出しました。レナートさん、お兄さん置いてっちゃっていいんですか?
「ガイウスさん! そのお兄さんにお水飲ませてあげてください! 相当酔ってらっしゃるみたいです!」
「おぉよ。なぁニイちゃんよ、ちょっくらあっちで話そうなぁ?」
とっても楽しそうに、ガイウスさんはお兄さんと広場の方へ歩き出しました。ガイウスさん……このまま飲みに行っちゃったりしたり、しませんよね⁇
「大丈夫です。きっと兄ならすぐ来ますよ」
気になっていたことを見透かされたようです。
レナートさんは優しくそう言うと、引いていたわたしの手を離してくれました。
「それにしても、何故1人で外に?」
「マリアさんは殿下とお食事をされていて、わたしは……その、ちょっと風に当たりたいな〜って」
「女性のひとり歩きは感心しませんね。今後は誰かしらに声をかけてください。セレスティーノ殿あたりなら喜んでついてきますよ」
「……気をつけます」
失敗です。迷惑かけちゃいましたね。
「お手数をおかけしてすみませんでした。助けてくださってありがとうございます」
お礼を言うと、レナートさんは眼鏡のブリッジを指で押し上げながら口の端を緩めました。
「いえ、たまたま通りかかれてよかったです」
本当ですね。偶然に感謝です! あのままお酒飲みに連れて行かれたらどうしようかと思いましたよ。
「嬢ちゃん!」
「ガイウスさん!」
しばらくレナートさんとお話をしていると、声と一緒に頭の上に掌が落ちてきました。慣れた感触のこれは、ガイウスさんです!
「おまえはな〜にフラフラ歩いてんだ。ここはアールタッドとは違うんだぞ」
「すみません!」
「オレらが通りがからなかったらどうなってたと思うんだ。自分の力を過信すんな。あと、魔法は人目のあるとこで使うな。なにかがあってからじゃ遅ぇ」
「なにかが……?」
ガイウスさんは頭の上の手を退けると、わたしの首に腕をまわしました。逃げられないように捕獲された形です。そんなことしなくても、どこにも行きませんよ!
それにしても、“シャボン”は今のところ人に危害を加えてはいないと思い込んでいましたが、実はなにか危ないところがあったのでしょうか? わたしはおとなしくガイウスさんのお叱りを待ちました。
「おまえの魔法は目を惹くんだよ。あんな目立つのぶっ放して、気に入られて連れてかれたらどうすんだ」
「シャボン玉をですか?」
「現に聖女サマがハマってんだろーが。あのハマりっぷりはやべーぞ。誘拐くらい簡単にやるな。アレ見てると、正直オレもどんな気持ちになるのか気になるくらいだ」
ガイウスさんの発言に、レナートさんがクスクスと笑いだしました。
「たしかに、貴女が来てから聖女様は変わりましたよ。前はピリピリしてましたし。あの聖女様を変える威力は、私も気になりますね」
そう言われると、納得できる気もします。マリアさん、相当気に入ってくださってますしね。他の人が気に入らないとは言えません。
「まぁとにかくだ。対人の際は気をつけろ。敵意は消えるかもしれんが、代わりに執着されるとことだぞ」
「はい、気をつけます。助けてくださってありがとうございました」
本当に、色々浮かれている場合じゃありませんよね。
わたしは改めて気を引き締めました。天晶樹の浄化が終われば魔物も減るというお話ですし、大事な旅に同行してるんですから、もっとしっかりしないと!
「ま、ぼちぼち帰るか」
「ガイウスさんたちはお出かけ中だったんですよね? いいんですか?」
「酒場に嬢ちゃん連れてけるわきゃねぇだろ」
「1人で……」
「ルチア嬢、1人で帰れるとかもナシですよ?」
「はい……お手数おかけします……」
そうして、わたしはガイウスさんとレナートさん兄弟に挟まれて、宿へ帰ることになりました。