ルチア、マリアとお風呂に入る
「ごはんも食べたいけど、お風呂が先!」
マリアさんのその宣言により、わたしたちは共同浴場へ足を運びました。
男女でわかれるので、皆さんとは一旦お別れです。
共同浴場は、まだ本格的に混み合う前なのか、ほどほどの混み具合でした。
脱衣所で服を脱いでかごに入れます。代わりに前開きの湯着を着るのですが、これはマリアさんの故郷のユカタという服に似ているのだそうです。
「日本の銭湯に似てるかも。んー、でも違うかな? なんか不思議〜」
「そうなんですか?」
「こうやってかごに脱いだものを入れるのは同じ。でも預けるんだね。あたしんとこは置きっぱだよ」
そんな会話をしつつ、かごを預けて代わりに首から下げる札をもらうと、わたしはマリアさんと浴室に向かいました。
「えー、お風呂はどこ!?」
入るとまずは身体を洗う場所があるのですが、ここは頼めばマッサージや垢すりをしてくれるところでもあるので、ここには浴槽はありません。
広いタイル敷きの部屋は、床下に排水管があるせいであったかいのですが、マリアさんはそれにもびっくりしているようでした。
「床暖だ! えー、なに? エステもやってるの? え? 間仕切りなし⁇」
「マリアさん、共同浴場は初めてですか?」
「当たり前でしょ、お城のとは全然違うのね。なんかワクワクする!」
「それじゃ、身体を洗って浴室に行きましょう」
わたしたちは空いていた洗い場の一角に進むと、かけ流しているお湯を桶で受けて身体を洗いました。
「流しっぱなしなの? これ」
「え? 普通流れてますよね?」
「あたしんとこのは出すときだけ出て、普通はとまってるわよ。もったいないじゃないの、これ」
「お水は魔法で出したり浄化したりしてるので、特に気にしたことはなかったんですが……」
「あんたたちの世界、ホント適当よね。不経済だわ〜」
「自由に出したりとめたりする方が個別に魔石が必要になるので、経済的でないんですよ」
「はーん」
マリアさんはザバッと桶のお湯をかぶると、ニッと笑いました。いたずらっ子みたいな笑顔は、美少女がすると格別ですね!
「それにしてもさぁ、あんた、元はかなり色白なのね。腕とかめっちゃ焼けてんじゃん。それになにこれ! ムカつくんだけど!」
身体を洗い終わって再び湯着を羽織っていると、突然マリアさんは手を伸ばして湯着を引っ張りました。
色白って、マリアさん人のこと言えませんよ。マリアさんの華奢な身体は、陽に焼けたことがないように白くて肌荒れなんかもありません。うらやましい限りです。
「ひゃあっ! なにするんですかっ! ダメですよ、浴衣はめくるものじゃないです!」
「これはアレね、お湯に浮くでしょ。ムカつく。めっちゃムカつく!」
マリアさんは怒りながら執拗に胸元をはだけようとしてきます。もう、ダメですよ!
「とにかく! 浴室へ行きましょう! 温浴室と冷浴室と蒸気風呂、どれがいいですか?」
「なにそれ、そんなにあるの? とにかくお風呂よお風呂! お湯に浸かりたいの!」
「じゃあ温浴室ですね、こっちですよ」
わたしは温浴室と書かれたドアを開けました。あったかい空気がふわっと顔をなでます。
「でっかっ! そうそう、求めてたのはこういうのなの!」
大きな浴槽を見たマリアさんは歓声をあげました。喜んでもらえてよかったです。
「入ろ! 皆この格好してるし、このままでいいのよね?」
「はい。このまま入りますよ」
「やった! お風呂! もうずっと入りたかったのよね〜。もうさぁ、行けども行けどもタライにお湯とかで、ホンット嫌気がさしてたとこなの。男どもはわかってないわよね! お風呂は毎日入りたいっつーの!」
「お風呂好きなんですね」
「当たり前でしょ! あんたたちは毎日入らなくても平気なの? 前から気になってたけど、この世界の衛生観念どうなってんの? 共同浴場は意外と綺麗だけど薄暗いしさ、こんなもんなの? まぁ、気持ちいいのは認めるけどね」
そう言うと、マリアさんは肺の中の空気をすべて押し出すように、はぁーっと深く深く息を吐きました。わたしも倣ってふぅっと息を吐きます。お湯に浸かると、1日の疲れが解けていくようですよね。
「で、セレスとはどうなの?」
「あ、ちゃんと仲直りできました! マリアさんも王太子殿下に甘えられましたか?」
「なに恥ずかしいこと言ってんのよ! 子どもじゃあるまいし、甘えたりなんかしないわよ。ヒミツよヒミツ!」
「甘えることは恥ずかしくなんてないですよ?」
「あんたって、たまに恥ずかしいわね」
お湯に浸かりつつ、マリアさんと楽しくおしゃべりしていると、なんだかハサウェスの街を思い出します。お金はなかったですけど、あの街には同い年のお友達がたくさんいました。皆、元気でしょうか。
それにしても、やっぱりこうやって誰かと一緒にいるのは幸せですね。
「なんかさぁ、こうやって誰かとまったりすんのって、いいわね」
「そうですね、わたしも今、そう思ってました」
「あ、ねえ! ここあがったら、アレ、かけてよね。“シャボン”」
「かけなくても綺麗ですよ? お風呂入ったんですし」
「それとこれとは別なの! いいわね? これは命令です!」
ツンとした表情を作って宣言したものの、マリアさん、口の端が笑ってますよ!
異世界から来てくださった聖女様は、とても可愛らしい人でした。