ルチア、セレスとおしゃべりをする
皆さんと合流したあとの行程は、次の街が間近だということもあって、ひどくゆっくりしたものでした。馬を飛ばし続けたガイウスさんとの旅が、嘘みたいに思えますね。あのときは1日も早く合流しなければいけなかったので、仕方ないといえばそうなんですけれど。
なので、馬に乗っていてもおしゃべりできるくらいの余裕ができます。乗馬に不慣れなわたしには、とてもありがたいです。
「ここまで、大変だったね」
「本当ですよ。馬に乗るのって、こんなに大変だと思いませんでした。毎日筋肉痛でつらかったんですけど、ガイウスさんにストレッチを習って頑張ったんです。クッションなんかも用意してくれたんで、頑張れました!」
「……へぇ。熊にしては気の利く」
「ガイウスさんですよ!」
こうしてセレスさんとお話していると、お城の裏庭での時間を取り戻してるみたいです。もうだいぶ日が傾いてきていますが、今日もいいお天気でしたしね!
「ガイウスさん、ああ見えてすごく優しいんですよ。頑張ったらね、頭をなでて褒めてくれたんです。そうそう、途中にあったテージョって街では、たくさんごはんを食べさせてくれて、もう入らないのにどんどん渡してくるんですよ」
わたしはそのときのことを思い出して、つい笑ってしまいました。
頑張って食べるわたしに、どんどん食べ物を渡してくるガイウスさん。1つ終われば2つ渡されるので、しまいには食べ物が山積みになってしまって困ってしまったんですが、それをガイウスさんはお酒を片手にペロッとなんなく食べ切っちゃったんですよね。
あの日は、普段食べられないお肉を、なんだか一生分くらい食べた気がします。焼いたのも煮たのも揚げたのも、どれも美味しかったな〜。
「それでね、翌日わたしは朝ごはんが入らないくらいお腹いっぱいだったんですけど、ガイウスさんは普通に食べるんです」
「ふぅん。ルチアは随分と熊を気に入ったみたいだね?」
「はい、大好きです!」
「……そうなんだ」
「お父さんって、あんな感じなのかなぁ。セレスさんのお父さんってどんな方ですか?」
「お父さん⁇」
アグリアルディ団長を先頭に進みながら、のんびり会話を交わします。
前方にはマリアさんと王太子殿下の乗った馬車が見えますね。マリアさん、王太子殿下に甘えられてるでしょうか。相当我慢なさってた様子でしたしね。
「父ね、うん……俺が平民出身だって話はしたよね?」
「はい、ご実家は雑貨屋さんでしたっけ?」
わたしは以前聞いたお話を思い出しながら訊きました。たしかセレスさんの故郷は、王都より西側にあるミストという街です。東側にある、わたしの故郷ハサウェスとは、アールタッドを挟んで真逆ですね。
「うん。父親は木工職人でね、俺が剣を習いたいって言ったら木剣を作ってくれるような人だよ。幼い俺が職人じゃなく騎士になりたい!って騒いでも、それを咎めず認めてくれて、街の護衛隊が開く剣術所に入れてくれたときは、自分のことなのにホントにいいのかよって思ったけどね」
懐の深いお父さんですね!
セレスさんの優しい語り口に、お父さんへの愛情が窺えてほっこりします。お父さんのこと、好きなんでしょうね。
「まぁ、そのおかげで今があるし、ルチアとも出会えたから、父には感謝しかないね」
「英雄を作り出した功労者ですね、お父さん」
「英雄扱いはなしって、言ったろう? ところでルチア、なんかいい匂いするね。なにかつけてる?」
「あ、はい! 王都を出る際、フェデーレさんに色々リリィ・ブリッツィの商品をいただいたんですけど、中に髪用のオイルがあって。とってもいい匂いだからつけてるんですが……もしかして匂い強いですか?」
化粧水や他のものと一緒に入れてあった、小さな可愛い髪油の瓶を思い出してわたしは答えました。
甘ったるくない涼しげなお花の香りで結構気に入ってるんですが、夜寝るときにほんの少しだけつけても、こうやって翌日乗せてもらうときにもわかっちゃうくらいなんですね。やっぱりつけるのやめた方がいいかもでしょうか。同乗者の方にも、馬にもよくないかな。
「いや、ルチアらしいいい匂いなんだけど……ブリッツィか、そうか……」
「やめましょうか? ガイウスさんはこれくらいなら馬も気にならないし平気だって言ってたんですけど、顔が近いとやっぱり気になりますか?」
「大丈夫だよ、気にしなくて。ほとんどわからないくらいだし、馬も不機嫌になってないから大丈夫。たださ」
セレスさんに大丈夫だと言ってもらえてホッとしました。今までこういったいい香りのお化粧品は高くて手が出せなかったので、ちょっと浮かれて使っちゃっていましたが、ダメなのかと思ってヒヤヒヤしました。問題なくてよかったです。
そう胸をなでおろしたとき、セレスさんが爆弾を落としました。
「他の男からもらった香りをさせてるのは、妬けるな〜って話」