ルチア、出発の準備をする
「あんた、なんで顔赤いのよ? なんかされたの?」
セレスさんのところから逃げ帰るように戻ると、マリアさんに心配されてしまいました。
「なにもっ、ない、ですよ?」
そう、なにかがあったわけではありません。単に、わたしがドギマギしてしまっただけで。
「なぁに、あやしいわねぇ」
「楽しそうだね、マリア」
マリアさんが目を光らせるのと、王太子殿下がいらっしゃるのは同時でした。
「エド!」
「あぁ、新しい侍女も一緒だったんだ。お前は下がっていいよ」
殿下はわたしに一瞥をくれると、すぐマリアさんに向き直りました。相当マリアさんがお好きなんですね。もう、マリアさんしか見えてません!って感じです。
「え〜、イヤよ! ルチアも一緒がいいわ!」
「え? でも、侍女だろう?」
殿下は言い募ろうとするマリアさんの頤に手をかけました。
「それに、そろそろ僕はマリアと2人きりになりたいんだけどな?」
「あっ、わたし、外に出てますね!」
王太子殿下、すごいです。押せ押せですよ! 仲がよくてなによりです。
「おう、嬢ちゃん、そろそろ出発すんぞ!」
外に出ると、ガイウスさんが手招きするのが見えました。待っててくださったんですね。
急いでガイウスさんのところに走ると、セレスさんがガイウスさんになにか話しかけていました。ガイウスさんが途端に楽しそうな顔になります。こちらも仲良しさんですね!
「ん、まぁやってみな」
そういうと、ガイウスさんは鞍に乗せてあったわたし用のクッションを外し始めます。あれ、馬車に同乗するって思われてたりします?
「ガイウスさん、わたしもこちらに乗せてもらえませんか?」
「ん〜?」
上機嫌なガイウスさんは、楽しくてしょうがないといった表情のまま、外したクッションをセレスさんに手渡しました。
「たまにはオレ以外の馬に乗るのもいいんじゃねえか?」
ニッと白い歯を見せて笑う視線のその先には、セレスさんがいました。
えぇっ! それって、セレスさんと同乗しろってことですか! 待って、さっきに続いてのこれは、ちょっと動揺が隠せないといいますか、心臓がついていかないといいますか……。
「ガイウスさんじゃ、ダメなんですか?」
「えー、たまには若いもんは若いもんで交流深めろよ」
思わずオロオロとガイウスさんにすがりますが、容赦ない笑顔で断られました。
「あっ、それならボクんとこくる!? そしてあの魔法について聞かせてよ!」
「エリク殿は他の人を乗せて馬を操れますか? 慣れてないとキツイですよ?」
「ちびっこ魔法使いは乗馬苦手なのか? やめとけやめとけ、2人して落馬すんのがオチだ」
「クマのくせに、ボクをちびっこ扱いすんな!」
「ちびっこだろうが、背丈も年齢も」
困っているわたしを見てエリクくんが名乗り上げましたが、セレスさんとガイウスさん両方から却下されました。うーん、たしかに乗馬初心者なわたしはお荷物ですよね……わざわざ気を遣ってくださったのに、すみません!
「きみたち、楽しそうだね。でもそろそろ出るよ。できれば今日明日にはひとつめの天晶樹につきたいんでね」
「おい、隊長サンよぉ、さっさと準備しろよ」
「兄さん、絡むのはやめてあげてください。セレスティーノ殿、兄がすみません」
そうこうしていると、アグリアルディ団長がレナートさんを連れてこちらへいらっしゃいました。そうですよね、ここで時間を取るわけにいかないですよね……。
よし、ここはひとつ覚悟を決めて頑張りましょう! 大丈夫、いつものお昼と同じだと思えばいいんです! たまたまさっきのことが響いてるだけで、普段は普通にお話できるんですし。お話したいこともたくさんありますしね!
「セレスさん、お手数ですがよろしくお願いします!」
「こちらこそ」
爽やかな笑顔で、セレスさんはわたしの乗馬を手伝ってくれました。まずは馬の乗り降りをマスターしなきゃですよね。毎回人の手を煩わせるのはよくないですし。
「皆、準備はできたね? それでは出発する!」
わたしが馬に乗ったのを確認すると、葦毛の馬に乗ったアグリアルディ団長が号令をかけました。馬車はレナートさんが操っているようです。こんな少人数で旅をしてたのかと、改めてびっくりします。侍女の皆様は返してしまったとお聞きしましたが、兵士隊の方なんかは残されなかったのでしょうか……。
「行くよ」
「っ、あ、はい!」
耳元でセレスさんの声がして、ぎゅっと腰に腕がまわされました。ガイウスさんのときは走らせない限りそんなことはされなかったので、ちょっとびっくりしましたよ!
なんでしょう、お城にいたときはこんなに接触しなかったので、本当に照れますよね!
照れるわたしの心中とは関係なく、そうしてすんなりとわたしたちは出発しました。
まずは1番手近な、キリエストにある天晶樹を目指します!