ルチア、セレスとお昼を食べる
洗濯物が乾くまでの間、洗濯婦には束の間の休息が与えられます。その間にごはんとか済ます必要があるのですが、こんないい天気の日は、わたしはとあるところに行くと決めています。
「ではキッカさん、午後一刻の鐘までには戻ってきますので」
「また外で食べるのかい? そりゃ気持ちがいいけど、あんたも好きだねえ」
「好きだなんて! えっと、あの」
「……外のことだよ?」
「え! そう! そうですよね! はい、外好きです外!」
「……あんたも女の子だったんだねえ」
キッカさんの生暖かい眼差しを浴びたわたしは、慌ててナプキンに包んだサンドウィッチと瓶詰めのお茶を掴むと、脱兎のごとく逃げ出したのでした。
※ ※ ※ ※ ※
「セレスさん!」
目当ての人は、すでに来ていました。
「ルチア、転ぶからそんな走らなくていいよ!」
お日様みたいな金髪に、青空と同じ空色の瞳。セレスさんは今日もとてつもなくカッコいいです。
好きとか、えっと、そんな畏れ多いものじゃないです。お友達です、お友達。お友達……も畏れ多い?
だってセレスさんは騎士様です。以前訊いたところによると、なんでも屋……もとい、第三隊の所属だとか。
そんな方が下っぱもいいところの洗濯婦のわたしと、こうやってお昼をご一緒する間柄とか、信じられませんよね? わたしもたまに信じられません。
こういう間柄になったのは、三ヶ月前の風の強い日の出会いから始まります。
ピンチを外す際に飛ばされてしまった洗濯物を追いかけて、その日わたしは王城の裏庭を走っていました。
飛ばされたのは隊服の中に着るシャツでしたが、これだって失くしたりできるものではありません。必死で追いかけて、捕まえた瞬間……わたしはこの樹の下で立っていたセレスさんに激突したのでした。
唐突にぶつかってきた洗濯婦に、最初セレスさんはびっくりした顔をしましたが、わたしの顔を見た瞬間、さらに驚いた表情をしたのには、むしろこちらが驚きました。
驚くわたしに、セレスさんは言ったのです。「君、あのときの、シャボン玉の子だよね!?」って。
最初はなにかと思いました。こんなキラキラのイケメンさんと会った覚えはなかったから。
でも、話を聞いて思い出しました。彼とわたしは、以前会ったことがあったのです。セレスさんが魔物退治の帰りに。
わたしは、そういやお母さんの薬草採取のときに、偶然遭った蒼く染まった隊服の集団に“シャボン”をかけたなぁって程度の記憶だったんですが、記憶力のいいセレスさんはしっかりわたしの顔まで覚えていたようでした。
それから、わたしと彼は、こんな風に天気のいい日のお昼をご一緒する仲になったんです。
騎士様とお話しするなんて畏れ多い!とかしこまるわたしに、セレスさんは「こないと迎えに行くけど」と、恐ろしいことを言い、名前を呼ばないとニコニコと輝く笑顔で脅しをかけ……いつの間にかわたしたちは遠慮なしにお話しする仲となったのでした。
「ルチア? どうしたのぼうっとして」
「え、ちょっとばかり回想を……」
「回想?」
包みも開けずにぼうっとしていたわたしに、セレスさんはその秀麗な顔に心配そうな表情を浮かべてこちらを見ています。
「疲れてるのかな? 横になる?」
「いえいえいえ! 大丈夫です! とっても元気です!」
セレスさんは心配性です。否定しないでいるとあっという間に膝枕まで用意する人なので(前科ありなんですよ、このイケメンさん。恐ろしい!)、わたしは全力で否定させていただきました。
「そういえばセレスさんって第3隊ですよね?」
「うん、そうだよ」
今日のお昼は、わたしはポテトサラダのサンドウィッチですが、セレスさんはがっつりお肉が挟まったサンドウィッチです。同じサンドウィッチでも、中身でなくパンからして違うんですけどね。お肉……ちょっと羨ましい。
そうそう、セレスさん曰く、身体が資本の騎士団の方のごはんはお肉がメインのことが多いそうですよ。いいなあ、お肉……。
お肉はさておき、お昼のサンドウィッチをぱくつきながら、わたしはセレスさんに尋ねました。
「“竜殺しの英雄”さんってどんな人ですか?」
訊いた瞬間、セレスさんがお茶を吹き出しました。どうしたんでしょうか。
「ゴホッゴホッ」
「大丈夫ですか?」
「う、うん、大丈夫……。それにしても、なんでいきなり?」
噎せるセレスさんの背中をさすっていると、涙目で訊かれました。ごめんなさい、変なタイミングで訊いちゃって。お茶を飲み終わってから訊くべきでしたね。
「さっき第三隊の隊服を洗ってたんですけど、今回の魔物退治は“竜殺しの英雄”さんがおひとりで殲滅されたって聞いて、どんな人なのかなあ、と」
貴族平民問わず、お嬢様方奥様方に人気があると聞いていますが、詳しい人となりはわからないんですよね。強い、カッコイイ、生真面目、平民出身……くらいでしょうか、聞こえてくる情報は。わたし自身あまり噂話に詳しくないので、マレーラさんあたりだともっと知ってそうな気もします。
「どんな人……うーん、普通の人だよ」
「普通!?」
「特に趣味はないし、のんびりするのが好きだし、派手なの苦手だし」
「意外ですね」
セレスさんのお話を聞く限りでは、わたしと似たり寄ったりです。が、かたや洗濯婦、かたや騎士団隊長であり、竜にトドメを刺す実力を持った英雄と、一緒にしてはいけない人です。
「一緒だよ、ルチアと。だって人間だし」
ちょっとさみしそうにセレスさんは言います。
「そうですね、同じ人間ですよね」
そう頷くと、セレスさんはパッと笑顔になりました。そんなに隊長さんを尊敬してるんですね。“同じ人間”って、くくりは驚くほど広いですけどね!
「あのさ、聖女様の話、聞いた?」
お昼ごはんを再開しながら、セレスさんが話を振ってきました。
聖女様。それはここ最近王城で一番話題に上がるお話でしょう。
「はい。なんでも異世界からわざわざいらしてくださった方で、とてもお綺麗だってお話ですね」
聖女様のお話をするには、まずこの世界の話をしなければならないでしょう。
この世界は、わたしのいるバンフィールド王国を筆頭に、五つの国から成っている世界です。
五つの国とはいうものの、バンフィールド王国の力は圧倒的に強く、小国である他の四国は、バンフィールド王国の属国に近い扱いを受けています。
その世界の中心に、水晶でできた不思議な樹が三本あります。
“天晶樹”と呼ばれるその樹は、すべての魔法の媒介であり、また同時にすべての魔物の母でもある樹です。
魔物といっても、普通の動物と大差なかったりしていたので今まで特に問題はなかったのですが、この百年ほど、天晶樹から生まれる魔物はとみに強くなり、人間たちを脅かすようになりました。
それはわたしが産まれた頃くらいに更に酷くなり、人の手には負えないくらいになりました。“竜殺しの英雄”様が倒した竜。あれなんかがいい例です。炎を吐き、人を敵視する竜は、定期的に人里を襲い、大量の人を焼き殺すのです。
困った王様たちは、古書を紐解き、はるか昔に同じようなことがあったことを知りました。
そのとき、瘴気に侵された天晶樹を浄化したのが、異世界からいらっしゃった聖女様だったそうなのです。
そう、今この王城にいらっしゃる聖女様は、天晶樹の浄化のために異世界から招聘された有難いお方なのです。
名前をマリア・ニシメ様とおっしゃり、畏れ多くもわたしと同年の、けれどわたしとはかけ離れた美貌を持つ方です。