ルチア、セレスに謝る
「それって……セレスのこと? あんたたち、知り合いっぽかったし」
「はい、セレスさんです。大事なお友達なのに、わたし酷い態度を取ってしまっていて……今マリアさんとお話していて、それに気づいたんです。だから、謝りたいんです」
「はーん、セレスねぇ。“大事なお友達”。ふぅん、そうなの」
セレスさんの名前が出た途端、マリアさんは不機嫌そうな顔をされました。
「あんたさ、セレスのこと、好きなの?」
「好きですよ?」
「友達?」
「立場が違いすぎておかしく思えるかもですが、一緒にお昼を食べるくらいにはお友達です」
「……あっそ。あたしさぁ、どうせ帰れなくて聖女として生きていかなきゃいけないなら、この際イケメン侍らせて逆ハーくらいしないと割りに合わないって思ってたんだけど……セレスはいかんせん真面目すぎっていうか、どんだけアプローチしてもなびかなすぎてさぁ。こんな可愛くてスペック高いあたしに惹かれないなんてなんでよこの野郎って思ってたんだけど……うん、なんかわかったわ」
マリアさんは腰に手を当ててため息をつくと、そっぽを向いたまま片手をわたしの方へ向けて、しっしっと追い払うように動かします。
「なんかちょびっとだけセレスが不憫だから、今日は行かせてあげる。あたしにはエドもエリくんもフェルもレナートもいるし」
「ありがとうございます!」
「仲直りが終わったら戻ってきてよ! 側にいないと怒るからね! あんた、あたしの侍女なんでしょ!」
「必ず!」
マリアさんをひとり残して、わたしは馬車から飛び降りました。
セレスさんはどこでしょう?
キョロキョロとすると、すぐに白馬の側にいるセレスさんを見つけました。
「セレスさん!」
「! ルチア!」
大きな声で名前を呼ぶと、弾かれたようにセレスさんが振り向きます。視線が合うと、セレスさんはいつものような笑顔を浮かべてくれました。
わたしは早くお話したくて、全速力で駆けました。早くお話したい。謝って、そして許してもらえたら、お話したいこと、たくさんあるんです。
「セレスっ、さん!」
走ってセレスさんのところにたどり着くと、肩を抱くようにして受け止められました。しまった、勢いがつきすぎましたよ!
「あのっ、ごめんなさい!」
「ルチア?」
「距離を取るような態度をして、ごめんなさい。わたし、セレスさんとは2人きりでしか会ったことなくて、それにまさか“竜殺しの英雄”様だとも思ってなくて……それで、殿下やマリアさんたちがいる前でどんな態度を取っていいかわからなかったんです。セレスさんはセレスさんなのに、わたし、大事なお友達に酷いことしました」
わたしはセレスさんが聞いてくれるのをいいことに、一気に謝罪の言葉を口にしました。
「お友達……うん、そうだよね……」
セレスさんは力なく笑いました。どうしましょう、やっぱり傷つけていたみたいです!
「あのさ、ルチア」
ふうっと軽く息を吐くと、セレスさんはわたしの顔を覗き込みました。
「大事だと思ってくれるのなら、今まで通り“セレス”として見てほしい。俺は今更君に英雄扱いされたくないんだ。壁を作らないでほしい。側にいたいんだ」
セレスさんの綺麗な青い瞳が、まっすぐわたしを見つめています。
わぁ、イケメンさんの真剣な表情って、かなり心臓に悪いです! 心臓がドキドキドキドキうるさくて、セレスさんにまで聞こえちゃいそう!
胸のドキドキを抑えたくて、わたしは両手を胸元に引き寄せました。顔が熱いので、絶対真っ赤になってますよ、これ!
そうやってドギマギしていると、スッとセレスさんがわたしのうなじに手をやりました。そこにはセレスさんがくれた、ピンクの花のリボンがあります。
「リボン、使ってくれてるんだね。よかった、似合ってる」
真剣な顔からの満面の笑みとか、セレスさんは自分がかっこいいことをわかってやってるんでしょうか⁇ 無自覚だとしたら、誤解する女の子はたくさんいそうです。
ダメですよ、勘違いしちゃダメです! セレスさんみたいなかっこいい大人の男性が、彼女の1人もいないなんてありえませんもん。わたしたちはお友達。立ち位置を間違えて自惚れちゃダメです。
それに今は恋愛してる余裕なんてないんです。この旅を成功させなくちゃいけないんですから!
「会えたからにはリボン、返さなきゃね。でもなぁ」
セレスさんは隊服の内ポケットからわたしのリボンを取り出しました。使い込まれたそれは本当に見るからにクタクタで、渡したことを後悔するレベルでした。
「ルチア、このリボン、くれない?」
「えっ、そんなボロボロなの、ダメですよ! 恥ずかしいです!」
「前に“これがいい”って、言わなかった?」
「言いました、けど……」
「いいかな? いいよね?」
顔っ、顔近いです! それ、もはや脅迫です!
「ルチア?」
「あのっ、わかりましたから、ちょっと離れてください……!」
「よかった、ありがとうルチア」
セレスさんて、セレスさんって……、ちょっと本気出すと怖いかも、しれません。