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ルチア、マリアを泣かせる

「な--んで……」


 マリアさんはピンクの唇を戦慄かせると、絞り出すような声を出しました。


「なんで、なんで!?」


 濃い睫毛に縁取られた大きな瞳に、ぷくりと涙が浮かびます。え、ちょっと、なんで⁇ わたし、言っちゃいけないこと、言っちゃいました⁇


「なんで、あんたがそういうこと言うわけ!? そういうのって、王子様や騎士が言ってくれるんじゃないの!? なんで--あんたしか、あんたしか……!」

「ご、ごめんなさい……!」


 ボロボロと涙をこぼすマリアさんに、思わず狼狽えてしまいました。な、泣かないで! お願いです、泣かないでくださいっ!

 ですが、堰を切ったようにマリアさんは泣き出しました。


「なんで、あんたしか“あたし”を気遣ってくれないわけ!? 皆“聖女様”に期待したり、“聖女様”だから側にいるだけで、あたしが怖いかどうかなんて気にしなかった!怖いかどうかなんて訊いてもくれなかった! この世界の人は、皆期待するだけで、あたしから世界を奪っておいて、当たり前の顔をして皆助けろ、助けろって……! あたしを助けてくれるなんていう人、いなかった……!」


 悲鳴のような声を上げて、マリアさんはすすり泣きます。思わず手を伸ばすと、華奢な身体が飛び込んできました。


「怖いよ! なんで戦わなきゃいけないの!? エドもセレスもフェルもエリくんもレナートも、皆戦うのが当たり前って顔してるけど、なんであたしまで戦わなきゃいけないの⁇ あたし、ちょっと前まで単なる女子高生だったんだよ!? 戦えるわけないじゃん! そりゃあたしこんなイイ女だし、女子にはやっかまれて対立することもあったけど、目の前でなにかが死んだりとか、そんな怖いことなかったのに!」


 すがりついて泣くマリアさんに、たまらなくなりました。「同じ人間だよ」と笑うセレスさんの顔を思い出します。

 そうですよね、特別な力を持っていても、戦うのに慣れているわけじゃないんです。怖いって思うのは、同じですよね。戦いたくなんて、ないですよね。


「さっきのシャボン玉に包まれたとき、ホントほっとしたの。お母さんにぎゅってされたみたいだった。こっちにきて、初めてほっとできたの。イケメンとか聖女とかどうでもいいから、もう帰りたいよ……!」


 そこにいたのは、わたしと同じ、1人の女の子でした。ちょっと変わった力を持っていて、でも戦うのは怖くて。

 特別なんかじゃないです。わたしもマリアさんも、急に特別な立場に立たされた、普通の女の子でした。


「守ります。わたしも怖いの苦手ですけど、マリアさんが少しでも怖くないよう頑張りますから」

「うん、守って。怖いとき、手繋いであのシャボン玉見せて。そしたら、あたしもちょびっと頑張る」


 細くてしなやかな手を握りしめると、マリアさんもきゅっと指を絡めてくれました。肩に乗せていた顔を上げると、わたしを見てニコッと笑ってくれて、すごく可愛いです。


「こっち来て、初めて人前で泣いちゃった。恥ずかし〜。あんたさ、これナイショにしといてよね!」

「はい、ナイショにしますね」


 ごしごしと袖で涙を拭うと、マリアさんは再びなんでもないような顔に戻りました。ちょっと目の縁が赤らんでますけど、それもまた魅力的な美人さんです。


「こっちに連れてこられてからさ、すっごくムカついてたの。なにからなにまで不便だしさ、いつも監視されてるしさ、自由はないし、勉強ばっかだし、マズい薬は何度も飲まされるし、散々なのよ。皆あたしの機嫌を気にするくせにあたしのことは人間としては見てなくて、めちゃくちゃイライラしたの。それなのに、さっきのシャボン玉に触れたらなんかスコンと気分がよくなったんだよね。なに、あれ?」

「わたしにもよくわかりません」

「なにそれ!」


 マリアさんは座席にひっくり返るようにして座ると、ケタケタと笑い出しました。


「あんた、変だね。皆あたしのこと怖がるか崇め奉るか、なんか遠巻きにするのにさ、そうしないのはなんで? あたし“聖女様”だよ?」

「あの、前に言われたことがあって。特別な存在に見えても、同じ人間だよって。そう言われて、たしかにそうだなぁって思ったんです。特別って線引きしちゃうのって簡単ですけど、そうやって皆に特別な存在にされた人は、急に遠巻きにされて、もしかしたらさみしくて嫌だって思ってるかもしれないな〜、なんて……」


 そこまで言って、わたしはそれを気づかせてくれた人のことを思います。

 そうですよ、セレスさんは「“竜殺しの英雄”は特別な存在じゃなくて普通の人だ」って言ってたじゃないですか。それって、そう扱ってほしいってことですよね。つまり、距離を置こうとしている今のわたしの態度は、セレスさんを傷つけてるかもしれなくて。

 ダメです! わたし、なんてことをしたんでしょう!

 人からどう見られるとか、そういうことじゃないです。大切なお友達に、わたしはなんて酷いことをしかけてたんでしょうか。

 謝らなくちゃ! 謝って許してもらえるかはわかりませんが、ちゃんとお話しなくちゃ、嫌な気持ちにさせたままになっちゃいますよ!


「あの、マリアさん! 申し訳ないですが、少し席を外してもいいですか?」

「突然なによ?」

「わたし、謝らなくちゃいけない人がいるんです」

「はぁ?」


 そうですよ、さっきも話しかけられたのをスルーして来てしまいましたし、もしかしたら怒ってるかもしれません。

 嫌われたら……嫌です!

 そう思うといてもたってもいられなくて、わたしは必死にマリアさんに頼み込みました。

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