ルチア、テージョの街へ行く
ガイウスさんは容赦ありませんでした。
たしかに聖女様たちがどこまで進まれているかわからない以上、急いで追いついた方がいいのでしょう。
ですが……ですがですよ!? 馬に初めて乗ったわたしに、この強行軍はつらすぎます!
自力で進めない以上文句は言えませんが、ちょっと内心泣きそうです。お尻が痛いです。脚も痛いです。何故か腕も背中も痛いです。
心身ともにくたくたになった頃、ようやく目的地であるテージョの街に到着しました。早朝に出発したというのに、もうお日様は沈みかけています。つ、疲れました……!
「嬢ちゃん、頑張ったな。メシ食えるか?」
「は、はい……頑張ります……」
正直、食欲はありません。今すぐ寝たいです。でも、泣き言を言ってはいけないような気がして、わたしは言葉を飲み込みました。
ここでへばっては、今後ズルズルとお荷物になってしまうかもしれません。旅慣れていなくて、戦いの経験もないわたしが持っているのは、“シャボン”の魔法と根性だけです。
頑張ると覚悟を決めたんだし、かくなる上はお荷物にだけはならないようにしないと!
できないことがたくさんあるのは仕方なくても、できるかもしれないことを放棄するのはダメだと思うんです。単なる意地ではあるんですが。
夕暮れを背景にしたテージョの街は、賑やかな話し声と、おいしい匂いに満ちていました。
わたしはハサウェス以外ではアールタッドしか知らないため、初めて見る他の街にすっかり目を奪われてしまいました。のんびりしたハサウェスとも、華やかなアールタッドとも違います。城門前の広場にはたくさんの屋台が立ち並び、広場の真ん中にある噴水や、屋台の前に置かれた椅子たちには、たくさんの人が食べ物や飲み物を手にして座っていました。
「テージョは、別名屋台の街って言ってな、旨いもんが多いんだ。嬢ちゃん、食べたいもんはあるか? なければオレが適当に見繕うが」
ガイウスさんは、キョロキョロとあたりを見回すわたしに優しく声をかけてくださいました。
「なんでも食べます! あ、でも激甘で激苦なものはちょっと……」
「そんな食いもんねぇわ」
そうでした、あれはお薬でした。
わたしは脳裡に浮かんでいた魔力回復薬の残像を隅に追いやりました。本当にもうあれのお世話にはなりたくありません。
「まずは宿取るか。で、荷物置いたらメシ食おうぜ。腹減ったわ」
「あ、はい」
わたしたちは誘惑に満ちた広場を通り過ぎ、その先にある大きな宿屋さんへ行きました。
泊まれるかな、とドキドキしましたが、部屋は空いていたようで、無事ふた部屋確保できました!
通されたお部屋が、寮のわたしの部屋より大きいのには驚きましたが、このお宿ではこの大きさが普通なのだそうです。すごい!
「とりあえず肉食おう肉。あと酒な。あ、黒エール1杯!」
「酔っ払って平気なんですか?」
宿を出たわたしたちは、先ほどの広場へ足を進めました。入り口付近にあったお酒を出す屋台のご主人に、ガイウスさんはさらっと注文をします。
騎士様ってきっちりしているようなイメージだったので、お仕事中でもお酒を飲んでいる感じはしませんが、そうではないのでしょうか?
ああ、でもこれからずっと旅が続くとなると、途中途中での息抜きは必要ですよね。お宿につきましたし、これからの時間は業務外なんでしょう。服も、隊服でなく私服に着替えてらっしゃいますしね。
「黒エールなんて水だろ、水」
「いえ、わたしお酒は飲んだことないので……」
「嬢ちゃん子どもだもんな」
「もう16です!」
「オレから見たら子どもだな。あ、オレンジジュースもひとつ」
ガイウスさんは、わたしのためにジュースを注文してくださいました。ジュース……完全に子ども扱いです!
……でも、なんだかちょっぴり嬉しい気もします。ごめんなさいガイウスさん、やっぱりお父さんってこんな感じなのかな〜って思っちゃいます。
「あとは牛肉の串焼きに、腸詰肉を6串ずつな。それと鱒のフライサンド3つ」
ポンポンポンと注文を済ませると、ガイウスさんは振り向きます。
お肉! 牛肉なんて久しぶりです。下働き用の食堂ではほぼ鶏肉しか出てきませんし、ハサウェスにいた頃はお肉を買う余裕なんてありませんでした。
思わずにんまりしてしまったわたしを見て、ガイウスさんは大きな口をニヤっとさせました。う、恥ずかしい!
「他に欲しいものあるか?」
「いえ、もう平気です」
串焼き6本、腸詰肉6本、サンドウィッチ3つ……そのうちいくつがわたしのなんでしょうか。各1つずつでいいんですけど……。
結果、サンドウィッチは1つでしたが、他は2つずつ渡されました。
気持ちは本当に嬉しいんですが、多すぎます!
今回食べ物の名前は、地球のものと同じとさせていただきました。
“牛肉”や“鱒”と言っていても実際は少し違うものや名称だったりしますが(異世界ですしね)、聖女様に言語チートがあるので近いものに変換して聞こえている設定です。