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ルチア、お洗濯に励む

「シャボン玉〜、ふわふわきれいねお洗濯〜。お日様ピカピカいい気持ち〜♫」


 今日は晴天に恵まれて、本当にお洗濯日和です。

 わたしは洗濯板に広げた汚れ物に石鹸を塗りたくり、ゴシゴシ擦って汚れを取ります。次々に真っ白になっていく様は、本当に気持ちがいいんですよね。


「あ〜、これは“シャボン”使わないとダメでしょうか?」


 ご機嫌で洗濯に励んでいたわたしは、手に取った衣服を見て嘆息しました。広範囲に蒼く染まったそれは、手洗いではどうしようもありません。


「《シャボン》!」


 染み付いた汚れに向かって唱えると、汚れた衣服からふわりと虹色のシャボン玉が湧き上がりました。

 青い空の下、ふわふわと舞う七色の玉はとても綺麗です。大好きな光景に、わたしは思わず笑み崩れます。

 だってとっても綺麗。大好きな青空。それに浮かぶわたしの魔法。どんどん空に近づくシャボン玉は、お日様の光を浴びて、まるで宝石みたいです。


「さあ、あとは干すだけですね!」


 綺麗になった洗濯物が山盛りになったタライを、えいやっと抱え上げると、わたしは水場から陽の当たる洗濯物干し場へ移動しました。重いタライを抱えると、広いお城は移動するだけで一苦労なんです。


 さて、ここらで自己紹介をさせてください。


 わたしはルチア・アルカ、十六歳。

 ゆるく波打つ背中までの栗色の髪に、濃すぎて漆黒にも見える菫色の瞳。低くもなく高くもない平均身長。肉付きもよくも悪くもありません。ちょこっとだけ胸があるかも、くらいで。顔だって十人並みです。

 平凡に服を着せた人間。それがわたし、ルチアです。

 せめて瞳の色がもう少し薄かったら、菫色ってわかるんだけどな。ぱっと見は黒にしか見えないので、地味さに拍車がかかってます。


 先日唯一の家族である母を亡くしたわたしは、心機一転とばかりに住み慣れたハサウェスの街を出、知人の伝手で王都アールタッドへ行って、現在特技を生かして王城で洗濯婦やってます!


 うん、なんでそんなことをやってるかって?

 ……借金が、あるんです。お母さんのお薬代。

 お薬代を浮かすために遠くまで自力で薬草を摘みに行ったりもしたんですけどね、どうしてもお金は足りなくて。お母さんの命と天秤にはかけられないから、借金については仕方ないんですけど、お母さんが亡くなった今、住み慣れたお家を売っても払いきれない借金が残ったんですよね。

 で、住み込みの洗濯婦をですね、やってるわけです。目指せ、借金返済!


 そうそう、その特技なんですけど。

 “シャボン”の魔法って聞いたこと、ありますか? ないですか?

 そうでしょうそうでしょう、わたしも他で聞いたことないです。

 平凡なわたしが唯一の魔法を使うっていうと、なんだかすごく特別っぽいですが、なんてことはありません。この“シャボン”、単にシャボン玉を出すだけの魔法なんです。子どもの遊びにしか使えない? はい、小さい頃はわたしもそう思ってました。

 非常にショボい魔法ですが、これを汚れ物にかけるとあら不思議。どんな汚れでも包み込んで消し去ってくれるんです。そうなると洗濯婦以外の選択肢、ないでしょ?


 というわけで、わたしは日々お洗濯に追われているということなんです。力仕事ですが、気持ちがいいのでわたしは大好きですけどね!


 さて、そうこうしてるうちに干し場に到着しました。このタライに積まれた洗濯物を干しちゃいましょう!

 わたしは自分の背丈より多少高い位置に張られたロープに、どんどん洗濯物をかけてピンチで留めていきます。今日は天気もいいし、風もあります。きっとすぐ乾くでしょう。


「お仕事完了っと!」


 春先とはいえ、日向はあったかいです。

 わたしは額の汗を拭い、空になったタライを抱えて立ち上がりました。五個のタライに山盛りだった洗濯物は、今はすべて風にたなびいています。


「せいがでるねぇ、ルチア」

「キッカさん!」


 振り返ると同僚のキッカさんが山盛りのタライを抱えてやってきたところでした。


「仕事終わりに悪いんだけどね、これに“シャボン”使ってもらえないかい? だいぶ抜いたんだけどね、これ以上はもうどうもこうもお手上げなんだよ」


 キッカさんはタライを地面に下ろすと、その中から一枚のシャツを引っ張り出します。薄墨色に染まったシャツは、なかなか手強そうです。


「はい、お安い御用ですよ! 《シャボン》!」


 落ちきれなかった汚れ物に意識を集中し、わたしは魔法を唱えました。立ち上がるシャボン玉と一緒に汚れは消え、キッカさんの手には真っ白なシャツが残されます。


「助かったよ! いつもすまないねぇ。あんたのその魔法、ホント役に立つね!」


 キッカさんは人好きのする笑顔を見せて、わたしの肩を叩きました。“シャボン”は、洗濯婦にとっては最高の魔法ですよね。褒めてもらって嬉しいです!


「キッカさんは第一騎士隊の担当でしたっけ?」


 この道30年のベテランであるところのキッカさんは、バンフィールド騎士団の中でも近衛隊の役目を担う第一隊の洗濯物を担当しています。


 バンフィールド騎士団は第一隊から第五隊までで構成されていて、第一隊が王族を守る近衛隊、第二隊が調査や交渉なんかを行う部隊、第三隊と第四隊が遊撃部隊で、第五隊が王都の保安・警備を行う部隊です。

 騎士団の下に兵士隊がくっつきますが、王城の洗濯婦に洗濯を頼めるのは騎士団のみなので、わたしたち騎士団付きの洗濯婦は各隊の五十人分のみ洗っています。王族の方の洗濯物は、また別。王族付きの洗濯婦の方々が洗っているので、騎士団付きのわたしたちが手に取ることはありません。


 ちなみにわたしはヒヨッコなので、普段は一番汚れる第五隊の担当です。とはいえ、遊撃部隊--別名なんでも屋さん--な第三隊、第四隊が魔物退治に出かけ、帰ってきたときは急遽そちらの担当と切り替わりますが。

 魔物の体液って、落ちないんですよね……あれ、なんでしょうね。蒼い体液に染まってしまうと、石鹸じゃ全然歯が立ちません。

 だから以前は隊服自体処分してたそうなんですが、バンフィールド騎士団の隊服は、アカデミアの魔法使いの方々により、魔法防御、物理防御をかけられた特製のものです。他国の騎士団の方は鎧を身につけているそうですが、我がバンフィールド王国の騎士団は隊服のみでいけちゃいます。それくらい特別なものなので、できたら再利用したい。

 なので、わたしが洗濯婦になり、“シャボン”で汚れを落とせることがわかったときは、相当喜ばれました。ふふふ、なんでも相当費用軽減に役立ったらしいです。ショボい魔法でも、お役に立てるんですよ!


「そうだよ。ルチアは……今日はなんでも屋さんたちの担当かい?」

「はい。第三隊の方たちが魔物退治に出かけられたみたいで、そのときの隊服です。とはいえ、今回はあまり汚れてなかったですけどね」

「マレーラから聞いたんだけどね、なんでも今回は隊長さんだけで殲滅したらしいよ。さすがだよねえ、“竜殺しの英雄”さんは」


 下級侍女を務めているマレーラさんは、キッカさんのお友達です。

 侍女の方は貴族のお嬢様がなるものですが、下級侍女は、お金持ちな庶民の娘さんでもなれます。つまり、侍女は貴族、下級侍女は上流家庭の庶民、下働きのわたしたちは中流家庭以下、みたいな感じですね。

 もちろん下級侍女の方でも、わたしたち下働きの人間とは違うのよって態度を取る人もいますが、マレーラさんは違います。キッカさんと似たタイプのおばさまで、おしゃべりが大好きな楽しい人なんです。


「ということは、さっき“シャボン”をかけた一枚が、英雄さんのものだったんでしょうか」


 わたしは蒼く染まった隊服を思い出します。


 “竜殺しの英雄”。そう呼ばれているのは第三隊隊長のセレスティーノ・クレメンティ様。一年前にあった竜退治の際、竜にとどめを刺したと言われる方です。

 第三隊、第四隊、第五隊で構成された大規模な討伐隊でしたが、最強の生物である竜はさすがに強く、なんでもその際、精鋭である第三隊第四隊も痛手を受け、第五隊は全滅の憂き目に遭ったそうです。

 なのでわたしが担当している今の第五隊は、兵士隊から人員を繰り上げて、新しく組まれた隊なんですよね。


「じゃないのかい? いやあ、若い娘さんたちに大人気の“竜殺しの英雄”の服を手に取ったなんて知れたら、熱を上げてるたちに羨ましがられそうだね!」

「ですかね? 単なる服ですけど」


 風にはためく洗濯物を眺めやり、わたしは首をかしげました。中身に悲鳴をあげるのはわかるんですけど、服は服でしかありませんよ?


「あんたも若い娘なのにねえ……。恋に浮かれたりとか、しないのかい?」


 キッカさん、そんな残念そうな表情かお、しないでください!

 わたしだって、ちょっといいなって思ってる人くらい、いるんですから!

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