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ルチア、旅に出る

 陛下のお言葉に、わたしは思わず顔をあげてしまいました。

 初めて間近で拝した陛下のご尊顔は、なんだかひどく疲れたような表情を浮かべてらっしゃいました。


「話は以上だ。そなたは魔物をおとなしくさせるという。魔物それに対しての危険がないのならば、護衛は1人でよかろう」

「陛下、まだ年若い娘御です。せめて兵士隊もつけては……」

「いや、娘に多大な戦力をつけても、また突っ返されるのだろう。無駄は省く。戦力が落ちている今、再び城が襲われては元も子もないのだ。こちらの守りも考慮すると、あまり強いものはつけられぬし、人数も裂けぬ。聖女が侍女や兵士隊を突き返さねばこの娘の手を借りぬともよかったのだが……選定はフロリード、そなたに任せる。娘に害なく、かつ王太子たちの力にもなる者を選べ。娘よ、急ぎ支度をし、出立せよ。聖女の手助けをし、王太子を助けよ。すべては国ためである」


 わたしはなんとも言えない心持ちで下を向きました。

 今のお言葉からわかるのは、わたしは聖女様の浄化の旅に同行する追加メンバーに選ばれたということでした。

 それは大変光栄なことですが……でも、正直怖いんです。

 だって魔物が襲ってきたときあんなに怖かったのに、まだ怖い思いをしなくてはいけないんですか? “シャボン”の力はありますけど、それで安全が保障されるとも限りません。

 わたしは普通の人間です。ただ少し変わった力を持つだけで、剣を握ることも、攻撃魔法を唱えることも、回復魔法で癒すこともできません。

 そんなわたしが、同行者としてやっていけるのでしょうか。

 そう思うと不安が募りました。


 正直、褒賞があることは有り難いです。いくらいただけるかはわかりませんが、借金を返すあてができるってことですし。

 ですが、たんなる洗濯婦が同行者になるとか、聞いたことありませんよ!


 ……でも、今の流れだとわたしが聖女様の元へ参じるのは決定のようです。

 なら、今のわたしにできることは覚悟を決めることしかないのでしょう。

 わたしはひそかにため息をつきました。ちょっぴり憂鬱です。


 そんな中、わたしはふと、聖女様のことを思いました。

 聖女様は戦いに慣れていらっしゃるんでしょうか。それとも、今のわたしのように怖いと思っていらっしゃるんでしょうか。

 --聖女様。どんな方かわかりませんが、お会いできたら聞いてみたいです。そして、もしわたしのように怖い思いをおして頑張っているとしたら。

 わたしが、この世界の人間として、そのお力になりたいと思うのは僭越でしょうか。


「ルチア嬢、騎士団の宿舎に戻る。ついて来い」


 そうです、怖いけれど、弱いわたしにもできることがあるはずです。

 わたしはそれをよすがに頑張ろうと誓いました。旅立ちが避けられないものならば、頑張るまでです!


「はい!」


 その道程みちのりが明るい未来に繋がることを信じて、わたしは前を見据えました。


 ※ ※ ※ ※ ※


 出発は翌朝でした。あまりにも早い出発に面食らいますが、わたしに口を挟む権利はありません。


 今は日の出前ですが、空は雲もほとんどなくすっきりしています。今日も綺麗に晴れそう。お洗濯日和ですよね。お洗濯とは、しばらく縁遠くなりますけども。


 わたしは普段着の裾を揺らして、足早に待ち合わせ場所へと足を進めます。肩から提げた鞄の中には昨日着たお祭り用のワンピースが入っていますが、やはり動作を気にせず動けるのはこちらですね。制服と同じエプロンドレスなのが主な理由でしょうか。

 ちなみにいつも着ている洗濯婦の制服は、一旦お返ししてきました。お仕事もひとまず休止です。……ちゃんとこの旅が終わったら、戻れるんでしょうか。お仕事の分担については皆さんが「気にするな!」と胸を張っていらしたので、今はそれだけが心配です。新しい方を雇われたら、わたしの戻り先、ないですしね。


「おまえさんがルチアか?」


 指定された場所へ行くと、そこには背の高い1人の騎士様がいらっしゃいました。

 隊服の上からでもわかるくらい盛り上がった筋肉に、ぐるりと輪郭を覆う、もさっとしたダークブラウンのおひげ。なんていうか……ちょっとクマさんみたいな雰囲気です。


「オレは第4隊のガイウス・カナリスと言う。嬢ちゃんの護衛だ。気軽にガイウスと呼んでくれ。よろしくな」

「ルチア・アルカと言います。よろしくお願いします!」


 ガイウスさんは、背中に大きな剣を背負っていらっしゃるのが特徴的なおじさまでした。あの剣、背中にあったら抜きづらそうですけど、どうやって出し入れするんでしょうか?


「荷物はそれだけか?」


 ガイウスさんは、肩から提げた鞄を指差して訊きました。

 前日のうちにアストルガ副団長に付き添っていただいて(1人で平気なんですが、何故か付き添ってくださいました)、旅支度はすませています。元から物が少ないので、荷物も自然とコンパクトになりました。


「はい、これだけです」

「んじゃ、貸しな。鞍にくくりつけるから」


 素直に手渡すと、ガイウスさんは「軽っ」とボヤきながらも、手早く支度をしてくださいました。まあ、たしかにさほど中身はないので、軽いかも知れません。


「んじゃ、行くかぁ」


 馬を曳きつつ、ガイウスさんは軽い調子で歩き始めました。その姿は、これから大変な旅に出るとは思えないくらい普通でした。


 人気のない城下町に、カポカポと蹄の音が響きます。


「北門から行くぞ」


 人々は基本街道に面した南門を使うので、北門は人気がありません。きっとひっそり出発するのでしょう。

 北門と聞いたとき、わたしはそう思っていました。

 けれど--


「ルチア!」


 静まり返っているはずのそこは、むしろ南門より賑わっていました。


「キッカさん!」


 そこには、わたしが大好きな人たちがいました。キッカさん、ロッセラさん、ジーナさん、ジーノさん。

 そして彼女たちだけではありません。何故か騎士様たちもたくさんいらっしゃいます。


「ルチア、気をつけて行くんだよ! 忘れ物はないかい? 救急道具は? ああ、心配だよ!」

「無事が、1番。逃げるのも、大事」

「ルチアちゃん〜! もうっ、もうっ! 心配だよお〜!」

「これ、あたしたちから。疲れたら食べてね。フィオラヴァンティの焼き菓子。日持ちするし、美味しいから。帰ってきたらフィオラヴァンティのケーキ、食べに行こうね。あたし奢るから! だから帰ってくるんだよ!」


 朝早いというのに、キッカさんたちは見送りに来てくださいました。

 嬉しくて、思わず涙が浮かびます。わざわざ見送ってもらえるなんて、思いもしませんでした。


「すみません、僕らがあのときあんなお願いをしてしまったから、こんな風に戦いに身を置かせることになってしまって……」

「カナリスさんはクセがあるけど、強さは折り紙付きだから、安心して守られてくれ。騎士でも兵士でもアカデミアの人間でもないのに、すまないな」


 ブリッツィさん、アスカリさん、そんなに苦しそうな顔をしなくても大丈夫ですよ!

 安心してもらえるよう笑顔を浮かべると、ようやく愁眉を開いてくださいました。


「キッカさん、ロッセラさん、ジーナさん、ジーノさん、ブリッツィさん、アスカリさん、そして皆さん……ありがとうございます。いってきますね!」


 わたしは北門に集まってくださった皆さんに、頭を下げました。すると、皆さん口々にいってらっしゃいを言ってくださいます。中には涙ぐんでる騎士様もいらっしゃって、なんだか背中がくすぐったいような不思議な気持ちになりました。

 大丈夫、こんなにたくさんの方が応援してくださってるんです。きっと、うまくいきます!


「あ、ルチアさん、これ持ってってください! リリィ・ブリッツィ店主オススメの化粧水とクリーム、そして1番人気のハンドクリームです!」


 ガイウスさんと歩き出そうとしたときに、ブリッツィさんがちいさな鞄を渡してきました。ハンドクリーム……あ! わたし、ブリッツィさんにお礼を言っていません!


「あの、ブリッツィさん」

「ぜひフェデーレと、ルチアさん」

「あ、はい。フェデーレさん、実はわたし、フェデーレさんがセレスさんにプレゼントされたハンドクリームをいただいてしまったんです。すみません、手荒れがひどいのを心配してくださったみたいなんですが」

「……セレス、さん?」


 プレゼントを横流しされてるというのに、ブリッツィさん……もといフェデーレさんは、怒ったりはしませんでした。


「その“セレスさん”と、ルチアさん、知り合いなんですか?」

「はい。3ヶ月ほど前に」

「3ヶ月……へぇえ」


 フェデーレさんに答えると、フェデーレさんとアスカリさんがにっこり笑顔になりました。他の騎士様たちも一様に笑顔を浮かべられています。

 それは間違いなく笑顔なんですが……あれ、なんだか怖いような威圧感があるのは、気のせい⁇


「すみません、やっぱり気に障りましたか?」

「大丈夫ですよ、なにもありません。先のハンドクリームも“セレスさん”が使うより、絶対ルチアさんが使った方がいいですから。ぜひたくさん使ってくださいね」


 そう言っていただけて、わたしはホッとしました。

 セレスさんからいただいたハンドクリームは、ちゃんと鞄の中に忍ばせてあります。セレスさんには会えずじまいだったけれど、リボンもあるし、頑張れるような気がします。


「ありがとうございます」

「いえいえ。あ、ルチアさん。聖女様のところにいるウチの隊長に、伝言お願いしてもいいですか?」

「はい!」


 フェデーレさんの申し出に、何故か隣にいたガイウスさんが吹き出しました。なにか、今の会話で面白いところがありましたか?


「ガイウスさん、大丈夫ですか?」

「ああ、平気だから続けてくれ。……ヤバイな、隊長サンは」


 口元を押さえたまま、ガイウスさんはそっぽを向きます。

 なんでしょう、そんなにおかしな会話でしたでしょうか、今の。普通……ですよ、ね?


「あなたの帰りを、皆待っています。覚悟して帰ってきてくださいね、と」

「はい。必ず伝えますね!」


 ニコニコ笑顔のフェデーレさんに大きく頷くと、何故か隣のガイウスさんが頭を撫でてくださいました。


 それにしても第3隊の隊長さんといえば、あの有名な“竜殺しの英雄”さんですよね。部下の皆さんに慕われてるようですし、きっといい人なんでしょう。お会いできる日が楽しみです。


「じゃあ、いってきます!」


 そうして、わたしの思いがけない旅は始まったのでした。

ブ「3ヶ月前ねぇ……へぇえ」

ア「だから最近ご機嫌だったんだな、隊長」

A「そういや魔物討伐も午後からばっかじゃね? 最近」

B「隊長、ちょいちょいお昼って消えるよな。あれって……」

ア「別に会っても礼を言うだけだっつーのに、なーにを警戒してんだか」

C「そうそう、俺なんか妻帯者だし」

D「わっかいよなあ! 青春か? おまえたちの隊長さんはよぉ!」

E「狙いそうなフリーの隊員もいるからじゃないですか? 女の子との接点少ないヤツもいますし」

F「でもなぁ、こうも隠されるとムカつくよな。……なあ、竜殺しの英雄サマのご帰還の際は、オレたち第4隊にも声かけてくれよな?」

ブ「もちろんですよ! 僕らは独り占めなんてしませんし?(にっこり)」


そのとき、セレスティーノの背中に謎の寒気が走ったとか走らないとか。

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