EX)西銘真理亜は世界を渡る
マリア編最後です。
二話まとめて更新となっています。
突然放たれた皓い光は、一瞬で膨らみ、空を突き上げた。
「な──」
「うわぁ!」
言葉を失くすあたしとはうらはらに、あかりは歓声を上げる。なんだろう、この差は。異世界への耐性は、絶対あかりの方が高いと思います、神様。
その光に巻き込まれるように魔法陣を記した羊皮紙がくるりと翻り、膨らんだ。ゆるりと回りながら巨大化した魔法陣は、屋上いっぱいに広がる。これは──まさか。
「真理亜ちゃん!」
広がる魔法陣を見ていたあたしに、あかりが呼び掛けた。彼女が指さす方向を見て──あたしは再び息を呑む。だって、だってそこには──
「竜がいます!」
白い鱗と翼をもった、金色の瞳の、大きな竜が一頭、いた。
青空を背に、白竜は宙を舞っている。最後の天晶樹のところで見た黒竜と似た、けれども決定的に違うその姿に、あたしは雷に撃たれたような衝撃を覚えていた。
初めて見る姿だったけど、間違いなく、それは。この子は。
「シロ!」
叫んで手を伸ばすと、わかってくれたのかと言わんばかりに空の白竜は一声高く哭いた。
間違いなく、この子は、あのとき失くしてしまった小さな竜だった。姿は違うけど、目が一緒だ。きらきらとした、澄んだ金色。
「シロ!」
駆け寄ると、シロはゆっくりと屋上に降り立った。
「──真理亜ちゃん、行くんですね」
「え?」
あかりの声で我に返る。見ると、少し離れたところで、淋しそうな顔をしたあかりがいた。
「だって、お迎えが来たんでしょう?」
あかりの視線は、シロに定められている。まっすぐな視線を受けて、シロもまた、神妙な面持ちで頷いた。
「迎えに……来てくれたんだ」
すり寄ると、その優雅な首筋を曲げるようにして、シロは顔を寄せてくれた。随分とおっきくなっちゃったわね、あんた。びっくりよ。
「行くんだね、真理亜ちゃん」
「そう……だね。うん、行く。ちょっと、今日行くって思ってなかったから面食らったけど」
両親には、帰った段階でこの話はしてある。この件に関しては納得はしてもらえなかったから、うやむやになっちゃうのが申し訳ないけど、行く行かないの話はいつまでも平行線だったから、もうどうしようもない。
だってあたしは決めたんだ。自分で、誰に強制されたわけでもなく。
「ね、あかり。お願いがあるんだけど、動画撮ってもらえる? 映ればだけど、あたしがいなくなった後、騒ぎになると思うから、なにかあったらそれ見せればいいかなって思うんだけど」
新しくできた友達に、あたしは頼みごとをした。
「せっかく仲良くなれたのに、置いてっちゃうなんてひどいなぁ、真理亜ちゃん」
「ごめん──ごめんね、あかり」
こっちの世界の大切な人たちに、あたしは謝ってばかりだ。
でも、譲れない。こればっかりは譲れない。
向こうの世界で、いうなればあたしは生まれ変わったんだと思う。今まで、どれだけ自分が驕っていたのか、あの世界に行かなければきっとずっと気づかないで生きて行った。きっと、あかりとも仲良くなれないまま、高校を卒業してたと思う。
だから、こちらも故郷だけど、あたしにとって、向こうの世界も故郷なんだ。
「いいよ。わかってるよ。きっと、私も、真理亜ちゃんと同じ立場なら同じ道を選んでたと思うし」
謝るあたしに、ぐいっと目元をこすると、あかりは笑ってくれた。
「それに、異世界に旦那様を置いてきたヒロインは、絶対戻らなきゃダメ。それがセオリーでしょ!」
言うなり、あかりは手にしていたスマホをあたしとシロに翳した。画面を確認しながら、「お、映ってるっぽい!」と、楽しそうな声を上げる。
「それじゃ、いってらっしゃい、真理亜ちゃん!」
「うん。いってくるね」
あたしたちは、笑顔で別れの挨拶を交わした。覚えてる顔は、覚えてもらえる顔は、お互い笑顔の方がいいもの。
「シロ、連れてって。ちゃんと、あの人たちがいる時代に。ひとり遺されるなんてあたし、まっぴらごめんだからね! 頼むわよ!」
ぎゅっと抱き着いてから、背中によじ登る。地面にぺたりと伏せてはくれたけれど、正直骨が折れた。見かねてあかりが手を貸してくれたくらいだ。
「それじゃ、いってきます!」
大きく手を振ると、あかりも振り返してくれた。お互いの目に涙が浮かんでいたことは、黙殺する。
頭上に広がった青空に大きく一声哭くと、シロはばさりと翼を広げた。