EX)西銘真理亜は挑む
「舟山さんだっけぇ? アンタ可哀想だね~! 完っ全、西銘さんの引き立て役じゃん」
「そうそう、西銘さんもひどいよね。舟山さんのこと、見下してんじゃん」
舟山さんと交流を温めだして数日たったある日のこと。借りた本を片手に約束の場所へ急いでいると、あたしの悪口が耳に飛び込んできた。言っているやつは、あたしの元カレに片想いしてたクラスメート。そして言われているのは──舟山さんだった。
「やめなよ、あの子に関わるの。顔は可愛くても、性格悪いって有名じゃん。女子見下してんだよ、あいつ」
「そうそう、舟山さんもきっと男子に悪口言われてるってぇ」
ねっとりとした口調で、彼女たちはあたしの不評を舟山さんに吹き込む。その言いぐさにカチンときたあたしは、思わず会話に割り込んでしまった。
「え~、なに? 織原さんみたく他の人に悪口言ってるって?」
「!」
ものすごーくびっくりした! といったクラスメート──織原さんと伊勢谷さん──に、冷笑を浴びせかける。
「そんなわけないじゃん。織原さんは友達を顔で選ぶの? 自分より下の人間がまわりにいるから安心するの? あたしはそんな馬鹿な理由で友達を選ばないわよ」
突然悪口の対象に登場された織原さんたちは言葉を失くしてぱくぱくと口を開け閉めしていたけれど、さすがに回復は早かった。
「友達って……あんた友達いないじゃん!」
「いるわよ~。あいにくと、あたしは中身で友達選ぶの。想像と違って悪いけど、あたしにはお互いになにがあっても信じあえる、大事な友達がちゃんといるわ。なにがあっても人のせいにしないで、まっすぐ自分の足で立ってる、頑張り屋の友達がね!」
大事な大事なあたしの友達。たとえもう会えなくても、あたしたちはずっと友達だ。
「舟山さんは一緒にいると楽しいからいるの。織原さんと伊勢谷さんだって、そうでしょう? 一緒にいて楽しいから友達やってるんでしょう? 舟山さんを貶める真似したら、ただじゃおかないわよ。あたし、怒らせたら怖いから」
すごむと、織原さんたちは無言で後退した。徒党を組んできゃんきゃん吠える彼女たちに負けるほど、あたしは弱くない。伊達に異世界でいろんなアクシデントくぐってきていない。
「ばっかみたい! いこ、凛音」
さほど睨み合いに時間はかからなかった。あたしの威圧に負けた織原さんは、伊勢谷さんの名前を呼ぶと走って逃げてしまう。
「……ふぅ」
しばらく織原さんたちが逃げていくのを眺めていたけれど、あたしは舟山さんの方を見れなかった。
ホントは、少し怖かった。今まではああいった悪口は歯牙にもかけなかったけれど、嫌われたくない相手がいる今は、ちょっと違う。
なんて思われているんだろう。嫌われたら、ちょっと嫌だな。せっかく、こっちの世界でも友達ができそうだったのに。
沈黙を破ったのは舟山さんだった。
「あの……西銘さん」
「なに?」
笑顔を張り付けて舟山さんを見ると、おどおどとした様子の彼女は下を向いてしまった。──これは、だめかもしれない。
一瞬そう思ったけれど、それは杞憂だった。
「西銘さんは、強いね」
舟山さんは、地面に視線を落としたまま、そんなことを言う。
「私は、あんな風に言われて笑い飛ばせるほど、強くない。怖いから、逃げちゃう」
「怖くたっていいじゃないの。ただ、やってもいないことで逃げるのは悔しいから、あたしは反論しただけよ。友達に上下関係なんてないじゃない。それは、その……訂正したいなって。大事な友達を引き立て役に使うほど、落ちぶれてないわよ、あたし。誰が隣にいてもあたしはあたしだし、他の人にどう見られても関係ないわ」
そう、大切なのは好きな相手の気持ちだけだ。外野がどう思おうと、関係ない。
あたしの発言に、舟山さんが顔を上げた。眼鏡の奥の目が、意外なものを見つけたように見開かれる。
「……友達」
「そうよ、悪い? あたしは舟山さんを友達だって思ってたわよ」
正直、こんなことを言うのは恥ずかしい。でも、言わないで後悔するのは嫌だから、あたしはそれを口にする。
あたしは、舟山さんと友達になりたいんだ。
「嬉しい……けど、いいのかな。オタクな私と、リア充な西銘さんじゃ、釣り合いとれないよ……」
あたしの気持ちは通じたみたいだった。ただ、受け入れてはくれたけれど、万事控えめな舟山さんはそんなことを気にする。
「オタクっていうなら、その話に乗って、一緒に楽しんでるあたしだってそうじゃない。大体、友達に釣り合いとかいる? あたしは……その、あかり、が、いいんだけど」
勇気を出して名前を呼んでみると、舟山さんは花が開くみたいに笑顔を見せてくれた。
「西銘さんは──真理亜ちゃんは、すごいね。物語のヒーローみたい」
「!」
その呼び名に、あたしは胸を突かれた。異世界でたった一人、その呼び方をする友達を思い出したからだ。
「いやだ、それをいうならヒロインじゃない?」
「真理亜ちゃん、男前だったよ。勇者っぽかった」
異世界では聖女様と言われ、こちらでは勇者って言われる。それがおかしくて、あたしは笑った。
向こうの話を打ち明けてみようか。信じてもらえないかもしれないけれど、彼女なら信じてくれそうな気もする。
そう思ったあたしは、さらに勇気を振り絞った。
「あたし、異世界では勇者じゃなくて、聖女やってたの」
次でマリア編最後です。