EX)西銘真理亜はさらに頑張る
「そういった話できる相手がいないから、あたしは楽しいよ。気にしないで」
舟山さんにはそう言って笑いかけたものの、ちょっと内心びくびくだった。
だって、相手は女の子だ。おとなしそうだから突然嫌味言ったり攻撃したりはしてこないと思うけれど、それだってわからない。
でも、あたしは変わるって決めたんだし、ルチアとのおしゃべりは楽しかった。あの楽しい時間を自分の努力でまた手に入れられるなら、頑張ってみようと思うのよ。
けれど、頑張ろうと思った矢先に、目的地へついてしまった。途端に舟山さんは無口になる。人目があるとあたしとは喋れないと、そういうことらしい。
少しへこんだけれど、これくらいじゃへこたれない。ルチアはもっと頑張ってた。あたしが頑張れないはずはない。次会ったときに胸を張れるように、全力で頑張らないと!
◆
授業が終わって帰り支度をしていると、ちらちらと視線を感じた。なんだろうとあたりを見渡すと、舟山さんと視線が合う。合った途端そらされたけれど、視線の主は彼女のようだ。理由はわからないけれど、嫌な感じはしなかった。なんとなく気にされるているのが嬉しくて、あたしは帰り支度の手を止めた。もし──もしだけど、彼女がまだあたしと話したいと思ってくれているのなら、あたしに合わせて残ってはくれないだろうか。かすかな願いを込めて、あたしは鞄から文庫本を取り出す。
「真理亜ちゃん、なに読んでるの? 読書なんて珍しいね」
けれど、釣り針にかかったのは舟山さんでなく、他の男子だった。違う、狙いはあんたじゃない。
あたしはにこやかに、けれど確実に追い払うことにした。一人が声をかけたことで、他の男子がちらちらとこちらを見ているのがわかる。これは負けちゃいけない。
「最近読書にハマってるの、あたし」
「俺も一緒に見てもいい?」
「ダメだよ、幹也君、バスケ部でしょ。部活サボると筌口先輩に怒られるよ」
「いいよ、少しくらい。キャプテンも少しくらいなら見逃してくれるって」
以前のあたしなら、ここで受け入れてしまっていた。自分を優先してもらうのが気分良くて、むしろ自分から声をかけていたかもしれない。
「え~、ダメだよ。筌口先輩、幹也君のこと褒めてたよ。せっかく期待されてるんだもん。頑張ればレギュラーも夢じゃなくない? あたし、頑張ってる人って尊敬するなぁ」
これは嘘じゃない。頑張ってる人はすごいと思う。ルチアも、セレスも、皆みんな頑張ってた。だからあたしも頑張れたんだもの。
一部の隙もない笑顔を見せると、幹也君はでれっと笑って、机に置きかけていたスポーツバッグを持ち直した。「頑張ってくる!」という単純な返事に、笑顔で手を振る。
そんな幹也君の姿を見た他の男子も、なにやら気合を入れ直してそれぞれの部活へ散っていく。
あたし? あたしは部活には入っていない。生徒会長と付き合っていた頃は、放課後はきまって生徒会になだれ込んで、お手伝いと称してまったりしてたんだけど、別れてからは遠慮させてもらっている。
これは正直、邪魔だったと思う。男子ばっかでチヤホヤされてて気分良かったけど、きっと仕事は逼迫してたんじゃないかな。一応責任を感じて、言ってくれればお手伝いはするとは伝えたんだけど、会長は苦笑いで断ってきた。さもありなん。
さて、そんなこんなで教室からどんどんクラスメートがいなくなってきたけれど、目論見通りに舟山さんは残っている。そわそわしてる後ろ姿を見て、なんだか笑いがこみ上げてきちゃった。
あたしがもう少し話したいと思っているように、彼女ももう少しあたしと話したいと思っている。そう思うと、すごく嬉しくなる。
ねぇ、ルチア。あたし、もしかしたら友達ができるかも。