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EX)西銘真理亜は頑張る

一度に二話投稿です

「あ~ぁ、この青空が憎いわ~」


 昼休み、ひとり屋上で空を見ていたあたしは、ため息をついた。

 空色は、異世界むこうに残してきた親友のワンピースを思い起こさせる。紺とか空色とか、寒色系ばっか着てたな、あの子。もっと華やかな色も着ればいいのにと言うあたしに、借金があるから……と、恥ずかしそうにしてたルチア。自分が作った借金ものでもないのに、必死に働いて律儀に返してたところは、真面目なあの子らしかった。


 決して手の届かない空へ、あたしは手を伸ばした。長袖のブラウスがずれて、その下にこっそりつけていた銀の腕輪が覗く。これと、シロの魔石は、出来る限り身に着けることにしていた。だって、いつ向こうに行けるかわからないし。

 そうね、我ながら諦めが悪いと思うのよ。今更向こうへ行っても、皆のいる時代に戻れるかなんてわからない。ひとり取り残されるなら、こっちの世界にいた方がいい。そう思うけど、感情はついていかなくて。


「あーあ、これなら帰ってこない方がよかったかも」


 思わずそんなことを言ってしまうけれど、本当はわかってる。向こうに残ってても、あたしは未練を残した。結局どちらの世界を選んでも同じなのよ。異世界は気軽に行き来できないし、両方に想いを残したあたしは、どちらにせよ後悔するの。


「人生ままならないわねぇ」


 自嘲のため息を再びつくと、あたしは教室に戻ることにした。あの世界ではずっと外にいたから、なんだか空や木や大地を見ていると、ちょっと切なくなるのよね。人工物に囲まれていた方が、よっぽど落ち着く。

 こっそり入った屋上を出、あたしは階段を下りて行った。ぼうっとしながら惰性で廊下を進んでいると、脇の教室の扉が突然開いて、中から眼鏡をかけた女の子が飛び出してきた。もちろん、その人との衝突は避けられなくて、結構な勢いで弾き飛ばされる。


「あっ、ごめんなさい……! 大丈夫?」


 あたしを弾いた女生徒は、どうしよう! と顔に書いたような態度でおろおろと狼狽えた。正直痛い。怒鳴ろうとして、あたしは思いとどまった。今までのあたしなら感情のまま怒鳴り散らすけど、もし運よく戻れたとして、その性格は直さなきゃまずい。王妃様って大変そうだ。


「大丈夫……」


 尻餅をついた体勢から起き上がろうとすると、その子は手を貸してくれた。


「ごめんなさい、怪我はない?」

「ないよ。手を貸してくれてありがと」


 大人になれ、西銘真理亜。王妃様の道は遠いぞ。

 あたしはその子にお礼を言うと、にっこりと笑顔を作った。驕ることなく、まわりに感謝をすること。ルチアにできてたんだから、あたしにできないはずはない!


「西銘さん、ごめんね、ここ怪我してる。紙で切っちゃったのかも」

「え?」


 指摘された箇所を見ると、たしかにうっすらと切れていた。まぁ、たいして痛くないし、そのうち治るだろう。そう思っていたら、その子は制服のポケットから絆創膏を出してきた。水色の地にシャボン玉が描かれたそれは、ちょっと今のあたしには受け入れられそうもない柄だ。なんだろう、今日はすごくルチアを連想させるものばかり見るな。


「いいよ、なくても平気」

「でも、綺麗な肌に傷が」

「すぐ治るよ。それより……」


 やんわり絆創膏を断ると、あたしは床を見渡した。なにかの冊子がばらまかれている。これが怪我の原因の紙だろうな。


「ちょっと折れちゃったね」

「あっ、ごめんなさい、拾わせちゃって」

「いいよ。これ、なに? 小説みたい」


 折れた個所を撫でて戻したときに目に入った文章から、なにかの物語だと推測する。小説と聞いた途端、その子は真っ赤になった。


「教材?」


 クリーム色の表紙がステープラーで綴じられているそれは、どう見ても手製。表紙がわざわざつけられてるってことは、教材ってこともないか。なんだろう?


「あ、あの、それは……その、文芸部の」

「ああ、部の冊子? あなたが書いたの? えっと」

舟山ふなやまあかりです。あの、ごめんね、一応同じクラスなんだけど……」

「あ、そうなの? それはあたしこそごめん。舟山さんね。教室戻るとこ? なら一緒に行こう」


 行先が同じならと、果敢にも誘ってみる。女の子って苦手だったけど、帰ってからこちら、あたしは一生懸命いろんな人とコミュニケーションを取ろうと試みているのよ。偉くない? まぁ、結果は芳しくないけどさ。

 なにせ、今までの評判が悪かった。あたしはよく知りもしないのにやっかみや嫉妬といった負の感情を向けてくる女子が嫌いだったし、向こうも男子生徒の視線を独り占めするあたしが鬱陶しかったのだと思う。好きな相手があたしのことを好きだからって理由で悪口言われちゃたまったもんじゃないと、関わり合いにならないよう垣根を作っていたら、自然と溝ができた。その溝を越えようとしてくるあたしに、クラスの女子をはじめ、あたしと接触する女の子たちは戸惑いと拒否感をあからさまにしているのだ。


「あ、やっぱ嫌?」

「ごめんなさい、そんなこと、ないです」


 舟山さんは小さな声で答えると、うつむいてしまった。どうも引っ込み思案な性格っぽいな、これ。

 うつむいてしまったけれど、あたしが歩き始めると、舟山さんも歩幅を合わせて歩き出した。一応お誘いは成功したようだ。珍しいこともあるものね。


「この本、舟山さんが書いたの? どんな話?」


 無言で歩くのもなんだかなぁと思ったので、彼女の得意分野だろう本の話を振ってみた。びくぅっと思いっきりびくつかれたけれど、舟山さんは律儀に返事をくれる。


「そ、そうです。私が書いたの……その」

「どんなの? あたし、漫画くらいしか読まなかったんだけど、最近本も読むようになったんだよ。歴史ものとか、ファンタジーばっかだけど」


 どこかに帰る方法がないか、そんな気持ちで最近のあたしは、異世界うんたらっていうジャンルに手を出している。意外とあるのよ、これが。そう思うと、異世界に転移したのはあたし以外にもたくさんいるんじゃないかって気持ちになる。


「西銘さんが……ファンタジー?」

「なによ、その意外~って顔は。あたしだって小説くらい読むのよ。異世界に行ってどうとかってやつ」

「西銘さんが……あ、ごめんなさい、悪い意味で言ったわけじゃ」


 舟山さんにとって、あたしがそういった小説を読むことは青天の霹靂的ななにかだったらしい。ぽかんとした顔をすると、眼鏡の奥の目を大きく見開いた。


「あ、舟山さん文学的なやつしか読まない人? 文学少女って感じだもんね」

「ううん、そんなことない。私……すごくそういった小説が好きで、それで文芸部に入って」

「そうなんだ」


 舟山さんはファンタジーが好きな人だったようだ。好きな話題を振られたせいか、彼女は途端に饒舌になる。


「西銘さん、どんなの読んでるの? 異世界転移ものが好き? それとも異世界転生? なんで急に読もうって思ったの?」


 入れ食いか! と突っ込みたくなるくらい、舟山さんはぐいぐい来た。女子からのこう言ったアプローチは初めてで、あたしは面食らう。ルチア、こういうときどうしたらいい? 話合わせるべき? 正直に理由を言うべき?

 あたしはこの場にいない親友に問いかける。ルチアならにこにこしながら同じ目線で話すか、その人の話に驚いて興味津々で耳を傾けるかどちらかだろうか。よし、王妃様を目指すあたしは、その両方で行こう!


「異世界転移かな。舟山さんは?」

「私はどっちも好きなの。異世界って憧れで……。あ、ごめんね、こんな話、西銘さんにはつまらないよね」


 うっとりと言いかけて、舟山さんは突然我に返ったようだった。謝られたが、その話を振ったのはあたしですよ?

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