EX)新婚さん、ブランカにつく
「あれがそうなんですかね?」
視線の先に現れた城門を指すと、セレスさんが頷きます。
「そうだろうね」
なだらかな丘の上の、白亜の門がまぶしいです。城門の前に掲げられているのは白い竜が抜かれた、綺麗な菫色の旗。……エドアルド陛下の王太子時代の紋章は、宝冠をかぶったエメラルドの獅子でしたが、この紋はなんの紋なのでしょうか。セレスさんに尋ねましたが、知らないとのことです。
城門の前まで行き、陛下から渡された真新しい身分証を提示すると、穏やかににこにこしていた門番さんの様子が一変しました。
「お待ちしておりましたっ!」
最敬礼をしたのち、片方の門番さんがどこかへ駆けて行きます。これは……なんだか見た覚えがありますよ?
どうしたものかと立ち往生していると(残った方の門番さんにも「こちらでお待ちください」と頼まれましたし)、しばらくしたのち、ぱらぱらと少し間隔をあけて、人がやってきました。同じ制服を着ているところを見ると、街の護衛隊……なのでしょうか。
「お待ちしておりました、セレスティーノ様、ルチア夫人。これより屋敷へご案内いたします」
息を切らせながら最後に門番さんとやってきた痩身のおじさまが、セレスさんとわたしにそう挨拶をします。
セレスさんは一瞬びっくりしたような様子を見せましたが、すぐに背筋を正すと、ぴしっと一礼して挨拶を返します。
ですが、わたしの返答はしどろもどろになっていましました。なにしろ、おじさまから言われた「ルチア夫人」の衝撃が強すぎたんです。
おじさまは、これからわたしたちが住むお家の執事さんなんだそうです。ファリエロ・アナクレリオと名乗ったおじさまは、優雅に一礼してくれました。正直、わたしより所作が綺麗です。
「よっ、よろしくおねがいいたしますっ」
「はい、奥様。なんでもお言いつけくださいませ」
優雅にほほ笑むアナクレリオさんにあたふたしていると、「それにしても」とセレスさんが口火を切りました。
「教官、なんでこんなところにいらっしゃるんですか」
少し拗ねたような、けれども少し嬉しそうなセレスさんの様子に目を丸くしていると、アナクレリオさんはにこにこと温和な笑顔をセレスさんに向けました。
「頼まれたからでございます、旦那様」
「それ、やめてください。教官にそう言われると、なんだか変な感じです。今まで通りでお願いします」
「おや、そうですか? なかなか執事業も板についてきたと思ったのですが。そうですね、私がここにいるのは、エドアルド陛下から直々にお手紙をいただいたからですよ。引退して田舎に引っ込んでいたのですが、即位直前くらいに、陛下から是非にとお声がかかりましてね。アグリアルディ君からも頼まれましたし、君や君の花嫁さんのお手伝いをするのも悪くないかなと思いまして」
状況が飲み込めずにいたわたしに、セレスさんが説明してくれました。なんでも、アナクレリオさんは、騎士団に所属していたマナーの先生だったんだそうです。そういえばマナー講習があるのだと、以前聞いた覚えがあります。
「貴族出身の方が執事なんて……教官、なにを考えてるんですか。それでいいんですか」
「いえ? 楽しいかなぁ、と思って。実際楽しいですしね。貴族出身といっても、私は男爵家の末子なので相続とか関係ないですし、結婚もしなかったので家のしがらみもないですしね。甥の治める領地で肩身狭く暮らすより、こちらの方が有意義です。ほら、なんら問題ありません」
楽しそうに笑うと、アナクレリオさんは胸に手を当てて一礼します。
「さて、それではお屋敷へご案内させていただきます。どうぞ、私の後についていらしてください。皆、お二人の到着をお待ちしておりますよ」
もうしばらく新婚さん編が続いた後、マリア編に切り替わります。