EX)新婚さん、口説き文句の応酬をする
お母さんたちのお墓に挨拶をした後、ハサウェスの皆と再会し(ものすごい歓待されましたよ!)、わたしとセレスさんはエドアルド陛下から下賜された領地・ブランカへ向かいました。
ブランカはガリエナ公国のほど近くにある、肥沃な土地です。ハサウェスにも近いので、陛下がここを選んだのはそのせいもあるのではないかと、セレスさんは言います。
その日、わたしたちはブランカにほど近い、バルトリという小さな街に宿をとっていました。
セレスさんが有名すぎるせいか、はたまたブランカが近いせいなのか、実はわたしたちが門をくぐった時点で大騒ぎになったのですが、今はその騒ぎも落ち着いて、宿の部屋で二人のんびりくつろぐことができています。
「明日くらいにはブランカにつくよ」
背後からふんわりとわたしを抱きしめた格好で、ベッドに腰かけたセレスさんは残りの行程を教えてくれました。
「そうしたら、しばらく二人きりは難しくなりますね」
領主の仕事がどんなものかまでは簡単にしか学べていないのですが、まずは挨拶回りやなにやらで忙しいはずです。
そう思ったわたしがなんとなしにそんなことを口にすると、ことんと肩口にさらさらとした金色が降りてきます。それと同時に、ぎゅっと胴に巻き付いたセレスさんの腕の力が強くなりました。
「絶対嫌だ。一日一回はルチアを抱きしめないと気が済まない」
「寝るときくらいは一緒になれるかもですけど、会話する時間が取れるといいですよね」
起きたら相手がいなくなっているという悪夢を見ていたのはわたしだけではなかったようで、再会してからわたしたちは、互いの存在を確かめ合うようにずっと同じ寝具で寝ているのですが……セレスさんはそう思ったわたしの発言が心外だというように、視線を上げるとこちらを覗きこんできました。
「え、寝るとき以外会えない前提!?」
「いえ、これからどれだけ忙しくなるかわかりませんし、それくらいの覚悟はしておいたほうがいいのかと」
この旅の間、寝ているときも起きているときも、わたしはずっとセレスさんを独占してきました。それが当たり前だと思ってしまうと、会えない時間がつらくなりそうで自ら線を引こうとしたのですが、自分を守ろうとしたわたしと違って、セレスさんは会う時間を作るためには努力を惜しまないようでした。肩に手をかけられ、上体をくるりとセレスさんの方へ向けられたわたしが口を開く前に、その旨を伝えられます。
「そんな覚悟、しないでほしい。夫婦なんだし、新婚なんだし、もっと一緒にいる時間は取るよ。俺のこれからの時間は、君のためにある。どれだけ忙しかろうが、最優先はルチアだから」
「それは嬉しいですけど……でも、ブランカに住む人たちが優先ですよ」
可愛げのないわたしの発言を責めることなく、セレスさんは優しいキスをくれました。
「領主としてはそれが正解だろうけど、俺個人としての優先順位は譲れない。俺は、君といたい」
「……口説き文句が上手すぎますよ」
「俺、誰かを口説いたのは君が初めてなんだけど……ちょっと待って、なんで驚くの」
びっくりしたのがわかってしまったらしく、セレスさんは強い視線を投げかけてきました。
「俺は本当のことを言っただけだから。許されるなら、一日中誰とも会わず、君と過ごしたいくらいだ」
「もう、それくらいで勘弁してください……」
「嫌だ。信じてもらうまで言う」
「疑ってませんって!」
「嘘を言うのはこの口?」
再び視界がぐるりと回ると、わたしはベッドのマットレスを背にした状態で、セレスさんに口を封じられていました。喋ろうともがくと、動いた先に追いかけられます。
「ごめんなさいっ。待って! ホント疑ってなんてないですから!」
「じゃあなんで驚いたの」
「その、初めての相手がわたしで嬉しいなと思ったのと、そんな幸運が自分に来たのが信じられなかったのと……」
どうにか振り切ってそう伝えると、噛みつくような勢いで再び唇をふさがれました。なんで! 正直に言ったのに!
「そっくりそのまま、君にその口説き文句を返すよ、ルチア。口説いたからには責任とってもらうから」
「え? いえ、口説いたわけじゃ……」
「君曰く、明日から会う時間が減るかもしれないんだろう? でも、俺は君の存在を感じられないのは耐えられない。会えない時間を先に埋めたい」
「それは、一日分、その……抱きしめるってことですか? それならわたしにも抱きしめさせてください。わたしも、セレスさんといたいんですから」
怖いくらい真剣な色を湛えた青い瞳に、わたしは事の発端となったセレスさんの発言を思い浮かべます。一日一度は抱きしめたいって、そういうことでしたよね?
「これ以上俺を口説かないで。それ以上煽ると、その一日分、寝て過ごすことになるからね。忠告はしたよ?」
「え? あ! 違っ……そういう意味じゃ」
「受け取り方はそれぞれだよね」