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EX)新婚さん、挨拶をする~妻編~

 アールタッドを発ったわたしたちは、ハサウェスの街へ向かっていました。

 一度ミストにいる、セレスさんのお姉さん夫婦にご挨拶を、と言ったのですが、ハサウェスでお父さんとお母さんに挨拶をするのが先だと、断られてしまいました。


「ルチアが見つかったって、報告したいんだ。必ず幸せにするから返してほしいってお願いしたのに、お礼も報告も挨拶もしないのはダメだと思わない?」


 真顔でそう返されては、なにも言えません。セレスさん、そんなこと言ったんですか?


          ◆


 城門の外にある墓地は、記憶にあったより綺麗になっていました。

 今までは草が生い茂って荒れ放題だったのに、今はすっきりと刈られているし、いくつか例外はある者の、ここ十数年間に亡くなった人のお墓に置いてあった簡易的な小さな墓石は、もっとずっときちんとしたものになっています。


「あ……お墓が変わってます」


 小さな丸い石を並べてあったお父さんとお母さんのお墓は、わたしの知らない間に名前や年号が彫られた真新しい墓石に取り換えられていました。小さな花束も供えられています。


「前は違ったの?」

「はい。ほら、墓地って街の外でしょう? 魔物が怖いので、埋葬して簡易墓石を置いたらすぐ戻ってたんです。こんな立派な石や花、誰がしてくれたんでしょうか」


 わたしは、来る途中で摘んだ野の花を、二人のお墓の前に置きました


「俺が来たときは、もうこんな感じだったよ」

「そうなんですか?」


 わたしの隣に膝を突いたセレスさんが、そんなことを言います。たしかに、墓石はとても新しいものでした。刻んだ名前の痕も鋭いです。


「お父さん、お母さん。ただいま」


 刻まれた名前に指を這わせながら、わたしは二人に話しかけました。すると、わたしの隣のセレスさんが墓石に向かって深く頭を下げます。


「お礼が遅くなりました。お二方のおかげで、無事ルチアを取り戻せました。ありがとうございます」


 セレスさんがとるのは騎士の最敬礼です。天晶樹を浄化し終わった際に、わたしとマリアさんが受けたものと同じです。


「おかげさまで、ルチアとの結婚式も終えることができました。あのときもお二方の前で誓わせていただきましたが、改めて誓わせてください。私は、あなた方の代わりに彼女の家族となり、一生、力の限り守り通します。ルチアは、必ず幸せにします。どうか、見守っていてください」


 生真面目な表情をしたセレスさんが、お父さんとお母さんのお墓に真剣な口調で誓いの言葉を告げるのを聞いて、なんだか隣のわたしは気恥ずかしくなってしまいました。

 それと同時に、亡くなった両親を大切に扱ってもらえて、とても嬉しくなります。


 お父さん、お母さん。わたしが選んで、わたしを選んでくれた人は、こんな優しくて素敵な人です。わたしを守るためだけに、大事な騎士の職を手放すような人なんです。そんな風に、誰よりも、わたしを大事にしてくれる人なんです。

 わたしは、もう一人じゃない。さみしくなんてないんですよ。もう、頑張って立っていなくても平気。つらかったら、手を差し伸べて支えてくれる人がいるんです。

 必ず幸せになりますから、わたしとセレスさんを見守っててくださいね。


 胸の中でそう話しかけると、不意にふわりと風が吹きました。風は一瞬だけわたしの頬を撫でると、まるでなにもなかったかのように、再び無風状態に戻ります。

 なんだかお母さんたちに撫でてもらえたようで、急に胸がいっぱいになりました。唇を噛んで涙をこらえると、わたしは笑顔を浮かべてセレスさんの方へ向き直ります。


「セレス、ありがとうございます」


 嬉しくてお礼を言うと、顔を上げたセレスさんがニコッと笑顔を見せてくれました。


「行きましょうか。先はまだ遠いんですし」

「その前に街に寄ろう。ルチアも、皆に会いたいだろう? 街の人たちも、君に会いたがっていたよ」

「いいんですか?」

「え、寄らないつもりだったの?」

「いえ……わたしのワガママで寄り道したら悪いかなって」

「そんなのワガママなうちに入らないし、俺はもっとワガママ言ってほしいよ?」


 セレスさんの手を貸してもらいながら立ち上がると、そっと髪に触れられました。


「色、少し戻ってきたね」

「はい。染めた色は完全に抜けないみたいなんで、しばらくは先っぽの方だけ色が違うおかしな感じになりますね。伸びたら染めた部分は切ろうと思ってます」


 薬草で染めた髪は、頭のてっぺんの方だけ元の栗色が覗いていて、ちょっとみっともないです。ですが、これからずっと染め続けるわけにもいきませんし、仕方ないです。


「お父さん、お母さん、また来ますね。それじゃルチア、街へ行こう」


 お母さんたちに挨拶をすると、セレスさんは笑顔でわたしの手を握りしめました。

 その笑顔が嬉しくて、わたしはその手を握り返すと、歩き出します。


 視界の端で、供えた花がさわさわと揺れました。

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