EX)西銘真理亜の帰還
パァッと目の前が真っ白になった瞬間、耳元で懐かしい声がしたのよ。
「きゅうっ」
「シロっ!?」
姿は見えないけれど、嬉しそうな響きを持ったその鳴き声は、間違いなくシロだった。皓い光で視界を奪われながら、あたしは小さな竜の姿を探そうと、手を伸ばした。
消えてしまった小さな竜。いつもあたしの側であたしを力づけていてくれた仔。ルチアがいなくなったときも、怖くて泣くあたしを、一生懸命励ましてくれた。だからいなくなってとても悲しかったし、淋しかった。こんな風にまた声が聞けるなんて思わなかった。
声が聞けたなら、また抱きしめたかったの。爪とか痛いからたまに流血もしたけれど、あたしはつるつるとしたあの鱗がお気に入りだった。ちょっとひんやりしててね、気持ちいいのよ。
「シロ、どこなの?」
「きゅっ、きゅわわ~。きゅ」
「待って、どこにいんのよあんた! 待ってってば! シロ!」
「きゅ」
「!」
声がした方向に向かうと、突然ぱっとまわりが見えるようになった。驚いて目をしばたたかせたけど、見間違えようもなく、そこは異世界じゃなくて日本だった。聞き慣れた喧噪。学校帰りに寄ったバーガーショップ、コンビニ。歩き慣れた道。
「シロ……?」
不安げなあたしの呟きは、連れ立ってやってきたカップルの彼女の方の甲高い笑い声に掻き消された。楽しそうな見知らぬ女の子は、彼氏の腕に手を絡めながら、昨日見たらしいお笑い番組の話をしている。
そこは間違いなくあたしの世界で、向こうの世界の生き物であるシロの気配は、もうどこにもなかった。
◆
「真理亜!」
恐る恐る自宅へ帰ってみると、目を真っ赤にしたお母さんが飛んできた。いつも仕事に行っていてこの時間はいないと思ったのに。もしかして、今日は土日だったりする?
「真理亜、真理亜!」
「えっ、やだどうしたの、お母さん」
お母さんはあたしに抱き着いてくると、そのままあたしの名前を呼んで泣き始めた。
向こうの世界とこちらの世界とで、どれくらいの誤差があるかわからなかったけれど、もしかして結構長く行方不明だった? あたし。
お母さんは憔悴した様子だったけど、特に年を取った風でもなかったので、年単位で行方不明だったわけではないと思う。
泣いてるお母さんのつむじを見ながら、あたしはようやく帰ってこれたんだとぼんやり思っていた。同じ時間同じ場所に帰れる確証はないってエリくんに言われたとき、ホントは怖かった。浦島太郎みたいに何百年後とかに帰ったら、あたしはどうしていいかわからない。それでも帰ろうと決断できたのは、向こうに帰れる魔法陣をもらっていたからに他ならない。ダメだったら帰れるし、という、ある意味気楽な覚悟だった。
「どうしてもなにも……あなた今までどこにいたの!? どれだけ心配したか……」
「ごめん、話すと長くなるんだ。てか、あたしどれだけいなかった?」
「二日よ」
「二日ぁ!?」
お母さんの取り乱しようにもっと長いこといなかったのかと思っていたあたしは、あまりの短期間に脱力した。向こうでの一年半が、こちらではたかだか二日。そう思うとなんだかたいしたことないように思えたけれど、そういうとお母さんにものすごい勢いで怒られた。
「年頃の女の子が二日も連絡取れなくて、行先もわからないままだったら、心配しない親なんていないわよ!」
「そういうもの? だって、お母さんもお父さんも出張で数日いないとかあるでしょ」
「それとこれとは別です! 行方不明と出張を一緒にしないの! スマホの電源も切れてるし、まったく!」
スマホ。そう言われてあたしは慌ててポケットからそれを出した。壁紙に設定した集合写真を見て、あれが夢でなかったことを確認する。綺羅綺羅しい面々の中で、一番先に目が行く。たった一人の、あたしの親友。
「あのね、お母さん。心配かけてごめん。ちょっとなにから話していいかわかんないんだけど、あたしね」
向こうの世界ではいろんなことがあった。いろんな出会いがあったし、悲しい別れもあった。でも、あたしの中に残ったものは、とても大きい。
「あたし、女の子の友達と一緒にいたの。すごく楽しかった。話、聞いてもらえる? 信じられないかもしれないけど、一応証拠もあるのよ」
さすがに結婚したということまではいえないな、と、心の中であたしは一生を誓った王子様に手を合わせる。ごめん、エド。ちょっとだけ秘密にさせて。本当は言いたいけど、まずは向こうの世界のことを信じてもらってからだと思うんだよね。
あたしが帰る先はエドのとこなんだし、ちょっとくらい、見逃して。ね?
マリアさん、無事帰れました。