EX)新婚さん、挨拶をする~夫編~
「ルチア……えっと、こちら、うちの両親です」
結婚式を挙げるにあたって、ミストからセレスさんのご両親がアールタッドにやってきました。そして今──式を挙げる前日ですね──わたしは初めてセレスさんのご両親とお会いしています。
「はじめまして、ルチア・アルカと申します」
自己紹介するのに、こんなに緊張するのは初めてですよ! すごくドキドキします。
「ま~ぁ!」
セレスさんのお母さんの突然の大声に、思わずびくりと身体を固くしましたが、そのままぎゅっと抱きすくめられて言葉を失くします。あれ、今どういう状況ですか??
「劇見たわよ! 大変だったわね、ルチアちゃん。あ、ルチアちゃんって呼んでいいでしょう!? 私はセレスティーノの母のクラレッタよ。こっちのだんまりは旦那のクルト。それにしてもこんな可愛らしいお嫁さん、よく見つけたわね、セレスティーノ! 奥手なあんたにしてはでかしたわ!」
「酷い言い様だね」
「だって、本当でしょう? あんた、見掛け倒しなんだから。剣術なんかには強気なくせに、異性にはほんっと受け身っていうか、引き気味っていうか、英雄とか持て囃されてるくせに、一生独身かと思ってたわよ私は」
セレスさんそっくりな見た目のお母さんは、中身はなかなかにパワフルなようです。わたしから離れたと思ったら、今度は背の高いセレスさんの背中をばしばしと容赦なく叩き始めました。若干セレスさんが痛そうな表情を浮かべています。
「痛いって。母さん、力強いんだから」
「痛いってことは現実ってことね。よかったわね、お嫁さんの来手があって。ルチアちゃん、うちのバカ息子をよろしくね。知ってると思うけど、この子、どうしようもなくヘタレなのよね。だけど、まっすぐなのは確かだから」
お母さんは、そんな風にセレスさんのことを言い表すと、綺麗な笑顔を浮かべました。笑顔までそっくりです。目の色と性格以外はそのままな感じですね。
一方、楽し気な親子の隣でニコニコと笑っているお父さんは、目がセレスさんそっくりです。すっきりと晴れた青い瞳は、とても優しそう。
セレスさんはずっと会っていなかったと言っていましたが、そこはやっぱり親子なのでしょう。とても仲がよさそうに見えるその姿からは、切っても切れない絆のようなものが窺えました。
「そういえば、姉さんと義兄さんは? 店番?」
「シルヴァーナとジルベルトには店をお願いしてきたわ。義妹に会いたいから、休暇のときにでも顔出しにおいでって。あんた、来れるの? 騎士団忙しいみたいだけど、お休みもらえそう?」
「あぁ……それなんだけど、俺、騎士団辞めたんだ」
「は!?」
「で、ブランカの領主になった」
「はぁ!?」
セレスさんの転身に、お母さんは驚きの声を上げました。あまりの驚きように、すごく申し訳なくなります。割って入ろうとしたわたしを制して、セレスさんが説明してくれます。
「母さんたち、ルチアに起こったことは、どこまで聞いてる? 劇見たってことは、多少は知ってる感じ?」
セレスさんに尋ねられたお母さんは、途端に顔を曇らせました。榛色の瞳が翳ります。
「責められる謂れのない若いお嬢さんに対して、とても酷いことだと思ったわ。力と引き換えに、聖女様とこの世界を救ったのに、あんたに選ばれたせいであんなことになるなんて……と。あれはどこまで本当のことなの? どうしてあんたはこの子を守ってやれなかったの!」
「俺も劇は見てなくて、話しか聞いてないからわからないけど、聞いた感じ、本当にそのままだよ。聖女様が立案と監修をされただけあって、話の筋は驚くくらいそのままだった。先王陛下に一人ずつ拝謁してるときを狙われたんだ。いろんな人の助けがあって、どうにかこうやって取り戻すことができたけれど、もう二度と彼女をあんな目に遭わせたくないし、俺も彼女を失うことになりたくない。だから、騎士団を辞めたんだ。あそこにいては、俺は国を、王命を優先せざるを得ない。無駄に有名になってしまった俺の側で、ルチアが安らげるとも思えない。彼女に、これ以上嫌な思いをさせたくないんだ。そうしたら、ルチアの功績に対してエドアルド陛下より、領地を賜ったんだよ。表向き領主は俺だけど、彼女の功績があって拝領したといって過言じゃないと思うよ。王都へ呼び出されることも少ないって話だから、あまり家を離れることはないみたいだ。まぁ、いきさつはともかく、俺は一番にルチアを守りたいし、もう二度とああいった思いをさせたくないから、自由の利かない騎士団を辞めたってこと」
セレスさんの説明に、お母さんはため息をつき、お父さんは静かに瞼を伏せました。どうしましょう、口を挟んでいいのかわかりませんが、自分のことなのに黙っているのもどうかと思います。
「あの……」
わたしが口を開いたそのとき、同時に今まで黙っていたお父さんが話し始めました。
「ルチアさん」
「は、はい」
「つらい思いをされた貴女だからこそ、これからは幸せになってもらいたい。至らぬこともある息子だと思いますが、貴女を守り、慈しむ気持ちは本物だと思います。ぜひ、二人で幸せになってほしい。結婚おめでとう」
そう告げると、お父さんは深々と頭を下げました。慌ててわたしも同じように頭を下げます。
「こちらこそ、彼を退団させてしまって、本当に申し訳ありません。結婚を許していただけて、すごく嬉しいです。不束者ですが、よろしくお願いいたします」
「いやぁだ、辞めるのを決めたのはこの子なんだから、ルチアちゃんが気に病むことはないわよ。どーんと構えて守られてらっしゃい。もう、気を張って頑張らなくてもいいのよ。のんびりこの子に守られて幸せになりなさいね? なにかあったらお母さんが味方になるから!」
あははと豪快に笑って、お母さんは再びセレスさんの背中を叩きました。ぱしーんといい音がした背中をさすりつつ、セレスさんが文句を言います。
「だから痛いって!」
「辞めたからって、鍛え方が足りないんじゃないの?」
「辞めて間もないのに、そんな急に衰えないよ」
唇を尖らすセレスさんは、家族の前ということもあって、すごくリラックスした表情です。構えたところのないその態度に、いつかわたしも、セレスさんとこんな風に楽しそうなやりとりをしたいと、そう思いました。
あ! といっても、別に背中を叩きたいとか、そういうつもりはありませんよ! あしからず!