ルチア、セレスと幸せになる
本編はこちらで完結です
マリアさんの帰還を見送ったわたしたちは、しばらくその場を動けませんでした。
何度見ても、そこにマリアさんはいません。役目を果たし消えた魔法陣の代わりに、ぽつりと秘石が残されているだけです。
「戻ろうか。マリアが再びここに戻るまで、この部屋は封印しておく。僕は、その日まで彼女からもらったアイデアを形にするよ。議会を機能させ、各地の調査をし、人々が安心して暮らせるような国にする。君たち、よければ力を貸してくれないか?」
ほほ笑みながら陛下はそうおっしゃいました。わたしにできることならなんでもしたいです。そう思って頷くと、周りの皆さんも同じ気持ちだったようで、口々に同意の声を上げて行きます。
「陛下の御心のままに、我が持てる力をすべて捧げます」
「全身全霊をかけて尽力いたします」
「新ブランカ領主として、地方で先陣を切らせていただきます」
「アカデミアを挙げて協力するよ!」
「おう、なんでもやってやるぜ!」
「わたしも頑張ります!」
マリアさんの不在はさみしいですが、帰ってきたときに笑顔でいてもらえるよう、残ったわたしたちは頑張らないといけませんよね!
わたしの掌は小さくて、できることは限られています。ですが、微力でもなにもできないわけじゃありません。できることからはじめましょう。ひとつひとつ片付けて行けば、いつかそこにたどり着けるはずです。つらいことや、苦しいこともあるでしょう。けれど、いつかは。
決意を新たにして、わたしはこっそり微笑みました。わたしはひとりじゃないから、きっとそれは苦しいだけの道ではないでしょう。
さあ、手を取り合って新しい世界を築きましょう。願いを叶える魔法がなくても、ひとりひとりの力は小さくても、いつかきっと、目指す先にたどり着けるはず。
誰もが、幸せになる可能性を持っているはずなんですから。
※ ※ ※ ※ ※
マリアさんが帰って行った数日後、わたしもまた、旅装に身を包んでいました。隣に立つセレスさんも同様です。
「なんだか、さみしくなるなぁ」
「そんなに離れてるわけでもないですし、遊びに来てくださいね!」
「おう。元気でな」
ガイウスさんにわしゃわしゃっと頭を撫でられていると、これまた旅装姿のエリクくんが笑いました。彼もまた、天晶樹の調査のため、この後キリエストへ旅立つのだそうです。
「ルチア、隊長さん、元気でね!」
「エリクくんも。身体に気を付けてくださいね。無理はしちゃだめですよ?」
「わかってるって! 今度会った時に研究の話を聞いてね。きっと、たくさん新しい発見があると思うんだ。もう、楽しみで仕方ないよ~!」
大好きな調査や研究に没頭できるとあって、エリクくんは今すぐキリエストへ向かいたくて仕方がないようです。アカデミアの調査隊の人たちの姿が見えないので尋ねると、出発はあと二刻も後なんだそうです。
「ごめんなさい、忙しいときに」
「そんなのいいよ。ルチアたちを見送るのも大事なの! また会おうね、ルチア!」
ぎゅっと抱き着いてきたエリクくんを、セレスさんが静かに突き放します。
「なんだよ、ケチ!」
「だから、抱き着くのはダメだと言ったでしょう!」
「クマが撫でるのはいいのかよ!」
「それは……特別です」
「ずるい! えこひいき! クマびいき!」
セレスさんとエリクくんが仲良くはしゃいでいる横で、わたしは団長様とレナートさんから挨拶を受けていました。
「ルチア嬢、いえ、もうクレメンティ夫人でしたね。無理をせず、頑張りすぎないようにしてくださいね。貴女が望むなら、いくらでも駆けつけますから」
「身体には気をつけて、幸せになってほしい。ルチアさん、今までありがとう」
「はい、お二人とも、お仕事頑張ってください。応援しています。あ、グイドさんへのお手紙、よろしくお願いしますね!」
「ええ、必ず渡しますよ。多分今日あたり戻ってくるとは思うんですが……すれ違ってしまって残念ですね」
「セレスティーノが抜けた穴は大きいけれど、そこはなんとかやってくよ。もう魔物と戦うこともないし、他国との戦も陛下は考えていらっしゃらない。騎士団の在り方も見直す必要があるだろうね」
「ああ、戦など、もうこりごりだ。せっかく平和になったのだから、皆が笑っていける国がいい」
会えずじまいだったグイドさんへの手紙を快く預かってくれたレナートさんは、手にしたその手紙をわたしに見えるように掲げ、団長様はその隣で静かにほほ笑みました。
そんな団長様の言葉に頷いた陛下は、幸せそうに笑います。その左手には、銀の腕輪と、金色の指輪が光っていました。
「それじゃ、そろそろ行こうか」
「はい!」
エリクくんとじゃれあうのをやめたセレスさんが、わたしに声をかけてきました。とうとう出発のときがきたみたいです!
必要な荷物などは先に向こうに送ってもらえたので、わたしとセレスさんは、浄化の旅と同じような状態で馬に乗りました。馬車を用意すると言ってもらえたのですが、身軽な方が動きやすいとのことで、二人でセレスさんの愛馬に乗ることになったんですよね。
「そういえばわたし、南門から出るの、初めてです」
馬に乗せてもらったわたしは、ふと目の前の門を見てそんなことを思いました。旅立ったときは北門でしたし、連れ去られたときは北門ですらありませんでした。アールタッドに来てから、南門から出るのは初めてなんですよね。なんだか新鮮です!
「新しい旅立ちだからな、新鮮でいいんじゃねぇか?」
「そうですね!」
ガイウスさんの言葉に笑っていると、セレスさんがひらりと馬に跨りました。わたしと違って堂々たる動きです。
「それじゃ、行ってきます!」
皆さんに見送られて、わたしもまた、旅立ちました。
「まずは、ハサウェスに行こうか」
「はい!」
わたしの耳元で、セレスさんが優しく囁きます。
目の前には、そんなセレスさんの瞳と同じ色の空と、どこまでも続くまっすぐな道がありました。
「セレスさん、頑張って幸せになりましょうね!」
「頑張らなくても、俺は君がいてくれるだけで幸せだよ?」
「それは、わたしもです!」
嬉しくなって笑うと、そっと頭にキスをされました。
「誓いのキス。本当は唇がいいけど、さすがに馬上だとね」
びっくりして振り仰ぐと、悪戯っぽく笑うセレスさんがいました。そうでした、セレスさんはこういうとき油断ならないんですよ!
「人前ではダメですよ!」
「仰せのままに、奥さん」
ゆっくりと、わたしたちは新しい故郷となる地へ足を進めます。
大好きな人と、幸せになるために。
今までご愛読くださり、誠にありがとうございました。
今後はしばらく本編に連なる番外編を投稿して、9月中旬頃に完結設定をしたいと思っています。