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ルチア、マリアを見送る

 お城の正面バルコニーへ出ると、割れんばかりの歓声がわたしたちを包みました。陛下とマリアさんは、優雅にそれに手を振って応えますが、場慣れしていないわたしなんかは、気圧されてしまってがちがちに緊張してしまいますよ!


「皆! あたしはこれから元の世界へ帰るね!」


 大きく手を振りながらマリアさんが声を張り上げると、水を打ったように人々の声がぱたりとやみます。聖女の帰還のことについては事前に知らせてあったものの、やはり当人からそれを聞かされると、少なくはない衝撃があったのでしょう。両手で顔を覆う人もちらほら見かけられます。


「でも! 必ず戻ってくるから! 向こうの世界で、この世界のためになることを勉強して、バンフィールド王国の王妃として、あたしは必ず戻ってきます!」


 だから待っててね! と叫ぶマリアさんに、ありがとうという声と、行かないでという声と、待ってますという声が、歓声に混じって届けられました。

 一歩下がったマリアさんの代わりに、陛下が前に出られます。人々に呼び掛けた陛下は、穏やかな声音で話し始めました。


「異世界の聖女は、我々が無理やり連れてきたにもかかわらず、骨身を惜しまず、自分に関係のないこの世界を救ってくれた。身勝手な我々が彼女に返せることは少ないが、せめてもの償いとして、彼女を元の世界へ返すことにした。だが、彼女は自分の意思で、再びこの世界を訪れると、そう誓ってくれた。その気持ちへの感謝を忘れず、余は、聖女が再びこの地に戻ってくるその日まで、この国をより良いものへと変えることを皆の前で誓おう!」


 陛下のお言葉に、場がわぁっと盛り上がりましたが、歓声を片手で制すると、陛下は言葉を続けられます。


「余や先王、またそれに関わる人間たちは、異世界の聖女マリアや、この国の聖女ルチアに、償いきれない罪を犯した。再び同じ悲劇が繰り返されぬよう、皆、この日のことを覚えていてほしい。余は、生涯を聖女が守ったこの世界のために費やすと誓う。また、二度とこのような悲劇が起こらぬよう、聖女の召喚を禁じる命を出す。再び天晶樹に異変が起ころうとも、この世界には必ずどこかに聖女がいるはずだ。本人の承諾なく異世界より聖女をぶことなく、我々の手でこの世界を守ろう。それが、この地に生きる我々の責任だ」


     ※ ※ ※ ※ ※


 マリアさんの最後の挨拶が終わり、人々の惜しむ声を受けつつ、わたしたちはマリアさんが召喚された部屋へと移動しました。

 とうとう、このときがきたのです。そう思ったのはわたしだけでなく、皆さん、一様に押し黙ってしまいました。いつもにぎやかなガイウスさんやエリクくんも無言です。

 “最初の部屋”と呼ばれた部屋は、わたしたちが式を挙げた礼拝堂のすぐ近くの、塔の上にありました。狭い螺旋階段を一列になって上ると、小さな部屋にたどり着きます。

 部屋は、陛下とマリアさん、わたしとセレスさん、団長様にレナートさん、ガイウスさんとエリクくんの八人が入ったらいっぱいになってしまうほど小さなものでした。


「それじゃ、聖女さま、魔法陣の上に立って」

「待って! 最後に別れを惜しませてよ」


 帰還の儀式を始めようとしたエリクくんの声を遮って、マリアさんは一人一人に抱き着き始めました。初めに陛下。次に団長様、レナートさん、ガイウスさん、エリクくん、セレスさん。そしてわたしです。一人一人と言葉を交わしつつ、マリアさんはしばしの別れを惜しみました。


「ルチア、これあげる」


 そういうと、マリアさんは上着の内ポケットから小さな手帳を出しました。灰色の小さな手帳は表紙がつるりとしていて、見たこともない素材です。なにかの文様が浮き出ているのが不思議ですが、これはなんでしょうか。

 手帳を裏返すと、そこには精巧なマリアさんの絵姿がありました。今にも動き出しそうなその絵は、人間の手によるものとは思えません。すごく小さいのに、すごく細かいその絵に驚いていると、マリアさんが楽しそうに笑いました。


「それ、写真だよ。見たことない?」

「シャシン?」

「うん。前話さなかったっけ? これはね、生徒手帳。ホントは人に渡したりしちゃいけないんだけど、あたしが今持ってる写真って、これしかないの。だから、ルチアにあげる」

「そんな大切なもの……! せめて、陛下に」

「ううん、いいの。ルチアにあたしの写真持っててほしいの。エドには他の大切なもの、昨日あげたし、ね! これ見て、あたしのこと、思い出してね。忘れちゃヤだよ?」

「忘れたりしません!」

「うん。約束ね。そだ、皆で写真撮ろうよ! スマホ、電源入ったの。圏外でも写真くらい撮れるから、記念に撮ろう! ほら、皆寄って寄って!」


 マリアさんはわたしの手に手帳を握らせると、再び内ポケットから四角い板を取り出して、皆さんを呼びました。よくわからないまま側に寄ると、マリアさんは板に指を滑らせます。途端に変わる絵に驚きますが、さらにそこに自分たちの顔が映ると、もう言葉もありません。


「なにそれ!」

「カメラだよ。これで写真撮るの。言っとくけど、これはあげないからね!? あたしが向こうで見るために撮るんだから!」


 目を輝かせて身を乗り出したエリクくんの頭を、マリアさんが後ろに押しやります。唇を尖らせて不満を訴えるエリクくんですが、マリアさんは黙殺することに決めたようで、「撮るよ!」と声を張り上げました。

 カシャカシャカシャッと軽い不思議な音が立て続けにしたあと、マリアさんは手にしていた不思議な板を手元に下ろすと、再び指で触れ始めます。


「うん、可愛く撮れてる! 次来るとき、皆の分まで印刷してくるね。見るのは、それまでのお楽しみ♪」


 満足げな声を出して板をポケットにしまうと、マリアさんは伸びをしました。


「さぁって、帰るとしますか!」


 そう宣言して、マリアさんは振り返りもせず、すたすたと床に描かれた魔法陣の上へと足を運びます。魔法陣の中心にある丸い大きな石の上に立つと、マリアさんは首にかけていたシロの魔石と天晶樹の雫を連ねた首飾りを外しました。天晶樹の雫と召喚秘石がぶつかれば、マリアさんは元の世界へ戻れるはずです。

 固唾を飲んで見守るわたしたちを、マリアさんが振り向きました。ボロボロ泣いているその顔を隠しもせず、マリアさんは口を開きます。


「あたし、この世界に来てよかった。ありがとう、皆。必ず帰ってくるから、待っててね。行ってきます!」


 そう告げると、マリアさんは手にした石を足元の秘石に投げつけました。その瞬間、眩い光がはじけます。

 皓い皓いその光は、マリアさんの光魔法によく似ていましたが、シロの鱗にも似ていました。


「マリアちゃん! ありがとう! 待ってます!」


 叫んだ言葉は届いたのでしょうか。泣き笑いの笑顔を残して、マリアさんは光に飲まれるようにその姿を消したのでした。

次が最終話になります。

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